2) 院長夫人 | ******研修医MASAYA******

2) 院長夫人

今日の午後6時に院長夫人を目城駅近くのホテル・リッチ東京にお迎えに行かなければならない。
しかし相変わらず道は混んでいる、何とかぎりぎり間に合うかどうか。
さきほど貰ったグッチの腕時計を見て(しまった、時計を変えないと!)、信号待ちの間に院長婦人から頂いたカルチェに付け替え、車内も脱臭スプレーを使用して香水の香りを消す。
なんとか約束の3分前にホテルの前に着く。
急いで入り口に向かうと婦人が出てきて、年甲斐もなく一寸すねた感じで
「もう!、20分前から待っていたのよ、なにしてたの?」
「すみません、道が混んでいたものですから。このお詫びは後でしっかり致します」
「そう、それならいいわ、許してあげる」そういってSLKの右座席に乗り込んだ。
ドアを閉めると、車内は香水イランイランの香りで満ちた。
ちらっと車内をチェックしたあと
「夕食には何が食べたい?なんでもいいわよ」
先ほどの運動で腹が空いていたので
「ステーキでもいいですか?」
「いいわ、好きなだけ食べて」
急いで新袋駅に向かい、駅近くの駐車場から歩いてステーキハウス「留羅(ルーラ)」に入る。
店内は赤を基調とした装飾で、ルイ王朝時代へタイムスリップした感じである。
カウンターの一番奥の席に並んで座る。
「奥様、オフホワイトのシャネルのスーツはよくお似合いですね」
「奥様って言うのはやめて、これからは恵子でいいわよ」
「はい判りました、そうさせていただきます」
前回、アカデミアへ同伴で行くことをお願いしてあったので
「恵子さん、今夜はご無理を言って申し訳ありません」とお礼を述べた。
「いいのよ、あなたを育てていきたいの。主人のような堅物で頑固で自分勝手な医者になってもらいたくないのよ!それに私の我が儘を厭な顔一つしないで聴いてくださるし、私も気持ちが若返って肌の艶もよくなったと言われるの」
「申し訳ありません、本当にいつも可愛がっていただきありがとうございます」
「私が注文してあげるわ」メニューを見ながら
「こちらにはステーキは「大田原牛」400gをレアでね、私は150gでワインは1977年シャトー・ラフィット・ロートシルトにしてね」
私がレアを好んで食べることを覚えていたようだ。
「大田原牛」とは最高級「那須牛」の中から厳選され、「まぼろしの和牛」といわれるもので、自分ではとても注文できる肉ではないし、ワインも シャトー・ラフィット・ロートシルトなんてとても飲めない。

しばらくしてステーキが焼かれ目の前に出された。
腹が空いていたので夢中で口の中に運び込む。
ステーキの味は格別で体中に力が満ちてくる。
隣の席では嬉しそうに恵子さんが私の食べっぷりを眺めている。
「やはり、若い子は違うのね。食べ方にも元気があるもの」
「恵子さんもまだまだお若く魅力的ですよ、僕なんかいつでも傍で甘えていたいと思ってます」
少し声を抑えて「ふふふ・・。お上手ね。あとでしっかり頑張ってね」
私も小声で「解りました」
たわいもない会話をしながら食事を済ませ、左腕で婦人の肩を抱きながら店を出る。
(これから出勤すれば丁度良い時間になるな)
「ねえ、すぐお店へ行くの?もう少し一緒にいて下さらない?」
「いいですよ、どちらへ行きましょうか?」
「もう少し二人で歩いていたいわ」と人通りの少ない裏道を歩き始める。
覚悟して、アカデミアに携帯で少し遅れる旨連絡すると、嬉しそうに私の首に両腕を掛けてきた。