A Life Style of “Super Flyers”

A Life Style of “Super Flyers”

ANA// 「スーパーフライヤーズ的生活様式」   ANAマイレージで『取りこぼしの無い』マイル獲得生活とクレジットカードに関する考察。ちびちびやってるジョギングは最終目標を「ボストンマラソン」と見据え、たった一人でチーム『ボストンクラブ』を背負っています('A`)

離島や地方を四半世紀に渡って飛び続けたANAのボーイング737-500「スーパードルフィン」が引退<Yahoo!ニュース>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  皆さま、ご無沙汰しております。

  投稿としては、本当に約1年ぶりくらいではないでしょうか?

 

  ネタはたくさんあるのですが、書きかけのままになっている記事がたくさんあって、どれも公開にまで至っていないというの本当なところです。

 

  ですので、あいかわらずに普通に生活はしており、会社をリストラされたとか、病気したと、死んだw とかはありません。

 

  前回の投稿からだと配属されている支店も変わっていないし、もっと正直に言えば、ここ5年間で3回ほど異動(転勤)にはなっていますが、現在の支店に来たのはもう2年も前な話。

  だって、人事異動とかあると新聞に自分の名前出ちゃうしさ。 やはり、「転勤しました」的なことはリアルタイムでは書きたくないよね....( ゚∀゚)

 

 

  なので、環境的にはなにも変化はないのですが、とにかくちょっと忙しかった・・・・・ということや、あとは夜に遅くまで起きてブログを書き続けるのがおっさんの身体にはつらくなってきた、ネタが多すぎてどれから手を付けてよいのかわからなくなってきた。。。。。

 

  ・・・・・というのが主な要因でございます。

 

  

 

  が、それらを差しおいても、今日のドルフィンの記事だけは書いておかないと後悔しそうだと思い、書いておきます。

 

 

  そのヤフーから取得した記事がこちらです。 (※こちらはスマートフォンよる取得した記事で基本的は写真の配置とサイズが違う程度です) ↓↓

 

  拙者、今日でドルフィンの引退なんてしらなかった・・・・・

 

  最近はなにかというと コロナ、コロナ、コロナ、、、、な状態で、こういった情報を目にすることも少なくなっていました。

 

  ANA(全日空)の上級会員になって「お得意様扱いをしてもらいたい」「空港のANAの専用のシグネットラウンジ(当時:今のANAラウンジ)をゆったり利用してみたい」といったものや、なんだかんだで拙者のまわりには

 

 たくさんのANA(スターアライアンス)のゴールドメンバーが多かった、というのもあって、北海道でオフ会があれば「帰りは千歳のシグネットに集合!」とか、ものすごくうらやましくて、一念発起して

 

 ANAの上級会員になってやるぅっ!! 

 

 ・・・・と、一念発起したのが2007年だったと思います。

 

 今では上級会員のプラチナになるのに1月1日から12月31日までに5万プレミアムポイントを稼ぐ跳び方をしなければいけませんが、2007年当時は

 

 50回搭乗&15000プラチナポイント(現プレミアムポイント)

 

 

 でもプラチナ会員になることができましたので、SFC修行僧はこぞってこっちでプラチナを目指したものでした。

 

 ANAにはJALにない、充実した国内線のネットワークがあります。

 

 中にはこれが飛行機の距離??と思うような大変短い距離を飛ぶ区間もあります。

 そういう、短い区間を何度も何度も繰り返し、飛んで降りて飛んで降りてを行うことで回数を稼ぎ、たまには北海道路線を少し仕込んだりして

 

  50回搭乗と15000プラチナポイント

 

 をせっせと稼ぐのです。

 

 この苦行を誰が言ったか「修行」と呼ぶようになり、今にまで至っています。

 

 

 当時の修行のメッカは3カ所あって、

 

 ① 羽田-大島-八丈島-羽田

 

 ② 福岡-対馬

 

 ③ 那覇-宮古

 

 がそのメッカとされておりました。

 

 ①は通称「八丈島ぐるぐる」といいまして、羽田から大島、八丈島をまわって羽田に戻ってくるという、

   ANAが出していた正規の割引切符『八丈島ルートきっぷ』で、大島(伊豆大島)にも

   八丈島にも観光ができて羽田まで戻ってこれる切符ですよ~というチケットでした、本来は。

 

   ですが、修行僧にかかりますと、飛行機にのって伊豆大島に到着するやいなやすぐにそのまま

  セキュリティゲートを通り抜け出発ロビーで待機し、搭乗可能になったらそのまますぐに機内へ乗

  り込むということを、伊豆大島だけでなく八丈島でも繰り返し、半日で3区間(3回)、マックスで5区

  間の搭乗を獲得するという使い方を皆しておりました。ええ、拙者もお世話になりました。

  通  常 羽田→大島→八丈島→羽田 (またはその逆)

  マックス 早朝便で羽田→八丈島→羽田をこなしてから、上記ぐるぐるをひとワークします。

 

 

 ② 対馬自体は長崎県に属していますが、経済圏としては福岡との結びつきが強く、福岡空港の

   今は亡き第一ターミナルから1日6~7往復も出ていました。

   ここはフライト時間、正味25分程度で1日で最大6往復で12回も搭乗が稼げる区間でした。

 

 

 ③ ここも福岡-対馬と同様に1日に7~8往復も飛んでいましたので、ここで修行をする人も多か

    ったです。

 

 どの区間も距離が短いので運賃が安く、しかも回数が稼げるということで、過去の修行僧はどれも随分とお世話になりました。

 

 で、これらの単距離を結ぶジェット旅客機がこの

 

  ボーイング737-500 アイランドドルフィン

 

 だった......というわけで、この機体に思いを馳せている元修行僧も多いのではないかと.......

 

 

  ドルフィン(マニアの間では「$貧」とも呼ばれていた)については、とにかく、地方空港をジェット旅客機で結んでくれた立役者の一つですし、長い間、地方都市と地方都市を飛び回っていた機体です。

  737-500以降もボーイングは737シリーズを積極的に展開していき、737-700から、割と決定版と言っても良いくらいの737-800までリリースされて日本の空を飛んでくれています。
   (※この際、737Maxは無かったことにしてしまいましょう)

 

  それにしても、ドルフィンについては思い出は尽きません。

  いつもドルフィンと思い出がセットなのは、私の中では「八丈島」であり、「対馬」であり、名古屋から福岡や、札幌、稚内、女満別、函館、熊本、佐賀など、何度も何度ドルフィンとともに離着陸をしました。

 大好きだった座席は7Kで、窓からエンジンカウルが見えるのが好きでした。

 事実、過去のブログの写真を見てもらってもわかりますとおり、エンジンが写っている写真が多いと思います。

 離陸の瞬間も好きでした。


 ジェット機とはいえ、小型にジャンル分けされる飛行機。離陸の際はジャンボや777のようにフワっと浮いて行く感じではなく、ガッツリ頑張って助走して離陸しまっせ!!という離陸シーンには自分の人生に何となく重ね合わせるものがありました。

  やはり、思い出深いのはこのときに書いた記事で、通称「八丈島ぐるぐる」が終わるということで、大島(伊豆大島)から八丈島のその区間のファイナルフライトの乗れたことでしょうかねぇ、やっぱり…………

  乗客はほぼほぼ、全員がかつて修行僧だった面々でした、おそらく。

  だってみんな、大島に着いて降機して到着ロビーに出るとそのまま出発ロビー&保安検査場を通過して直行で搭乗ゲート前で皆スタンバイ状態。

  さらには、上級会員の優先搭乗案内が始まるやいなや、ほぼ全ての搭乗者がおもむろに皆一斉に立ち上がり、ゲートを
SFCカードをかざして階段を降りていく光景。

  羽田空港における、大阪伊丹行きの優先搭乗を思わせるほどの状況でした。(こっちも乗客のほとんどが上級会員資格のホルダーばかりな状況)もお世話になりました。

 

 

  それにしても八丈島。

 

  なんか思い出してきた.....

 

  こんなこと

 

 

そんなこと

 

 

もあったなあ....

 

  なつかしいですね。

 

 

 

 

  最近は全然、ヒコーキに乗ってないし。

 

  コロナの関係が気持ちの上でとても大きい。

 

  ゴールデンウィークは北海道に列車の撮影にいくつもりでした。

  

  札沼線(さっしょうせん)という路線の半分くらいが廃止されるとのこと。

  この路線も大好きで、最終日の乗車に合わせて航空券の手配なんかもしていたのですが、全国からくる鉄道マニア(ヲタク)が『密』を作り出す、、、、ということで、知らないうちに4月下旬(28日だっけ?)に運転休止にて、当初の廃止日まで運休扱いにする、という方針に変更。

 

  ・・・・かと思えば、さらに休止日を早める施策にJR北海道さんは出てくれちゃって、結局4月17日(金曜日)の運転をもって終了(事実上の廃止)となってしまいました。

 

 

  これを知ったのが会社から帰宅後の夜のニュースで、急遽前日に翌日(4月17日)の運転をもって運休し、期日(5月8日)をもって廃止、なんていうニュースを見たもんだから、もうパニックですよ。

 

  とっても残念だったなあ。

 

  しかも約2年ぶりの北海道を楽しみにしていたのに・・・・・

 

  まあ、冷静になってみると、その時期に行くことを決心していること自体がコロナに対する警戒心の薄さと思われても致し方ないのかもですが、それでも生きたかったなあ。航空券もとっていたのに。

 

 

 

   ここ数年、毎年1回は海外にふらりと一人で飛んでいますが、今年はそれもなしです。当然か。

 

   でもね、よく言われるように身体的に「自粛疲れ」っぽい。

 

 

 

   夏にはなんとか、国内でいいので、すこしだけ飛んでみたいものです・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

   そんじゃ。

 

 

 

   今後はもう少し、ブログも書いていくようにします。

   また読んでいただけたら幸いでございまする、でござる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ( ゚∀゚)