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TAKの部屋

ムラムラくんという、よく分からない人がよく分からないことを書くブログです。

ちょっとしたドルヲタトークを。

どうやらビルボードジャパンのランキングで
℃-uteの「Crazy 完全に大人」が
3位にランクインするらしい。

まだ発表されていないが
オリコンもきっとEXILEとたかみなに次ぐ
3位が濃厚なので、どの集計方法でも
きちんと売れたらしい。

今のチャートは前にも書いたように
音楽好きには異常としか思えないのだが
落ち目のハローで、しかもこれまで
あまり推されなかった℃-uteが
上位にくるのは嬉しいものだ。

俺の中で、今のアイドルランキングは
℃-ute>SKE>>>>>れいなのいる娘。
>>>>ももクロ>HKT>れいなのいない娘。
>>>>>その他
なんて感じ。

ただ、やっぱりSKEとは接戦で
今週末のライブ次第ではひっくり返る
なんてことも無きにしもアラブ。

やっぱ生で見てこそだし
そういう意味ではももクロは
俺の中で上位には絶対ならないだろうな。

とはいえさ、iPodなんかで
℃-uteやSKEを聞いた直後に
Billy Joelなんか流れちゃうと
色んなクオリティの差に
愕然としちゃうんだよな。

アメリカという国はそんなに好きじゃないけど
やっぱエンタメの質は段違いだわ。
演奏力も歌唱力も録音技術も存在感も
なんもかんも圧倒的だもんなー。

死ぬまでに一度でいいから
ビリーのライブを見てみたいと
高校生の頃から思ってて
2005年に念願叶って2日間連続で見たのに
満足どころか、もう一度見たい
それもできればアメリカで
もっと欲を言えばNYで見たい
なんて希望だけが膨らんでしまった
あの日を思い出すと
いくら初めて生あかりんが見られるとはいえ
そしていくらくーみんやごまたんの
卒業ライブだといえ
果たして口パク&カラオケが予想される
SKEにどこまで興奮や満足ができるのか
今のところまったく予測不可能で
期待と同じだけの不安を抱えつつ
その前日に予定されている
大好きな女の子との飲みという
どう転んでも楽しくないわけがない
イベントで気を紛らわせている
今日子の吾郎です。

うーむ、俺史上もっとも
長い一文を書いた気分だ。

関係ないけど俺の文章は
いわゆる口述体
つまり会話口調の文章なので
皆さんもムラムラくんという
変態の声を勝手に想像して
心の中で声を出しながら読んでいただくと
負担が少なくなるような気がして成増沿線。

いつかSKEや℃-uteが
ビリーのようなクオリティの楽曲に
出会えるよう祈りながら
なぜ書き始めたのかさえ記憶にない
ダメの典型のようなブログを
お開きにしようと思いますだおかだ。


Android携帯からの投稿
ウチの部署は昨日が最終〆切だった。

〆切とは編集業をやっていない人には
とっても忙しいのよー、アタシもう3日も寝てないワ
的なイメージかと思われるが
ことウチに関して言えば
最も忙しいのはその前段階である
発注業務と原稿書きであり
〆切なんてのは校正を見るだけ
しかもほとんどは複数回確認済みで
最終チェック程度のものだから
にっちもさっちもいかなくなる
なんて類のものでは決してないのだ。

とはいえ、10日間における連続業務の節目ではあるし
ここで間違いを正さなければ、そのまま世に出てしまい
○○は間違いが多い、使えねえ、役立たず
などの真っ当ながら鬱陶しい罵詈雑言を
自由と権利を履き違えたネット民がたむろする
2ちゃんねるあたりに書き連ねられてしまうのだから
もう慣れたとは言え重圧はあるものだ。

その〆切が昨日終わった。
当然俺のような健康男子は
その後えも言われぬ開放感に身を委ね
仲のいい同僚と「ちょっと1杯引っ掛けて」という
言葉とともに夜の街へ繰り出すのだ。
もちろん、それがホントに1杯で終わるはずもなく
気付けば終電嗚呼ヤバイ、と
千鳥足を前へと進めるのだが。

しかし、昨日はいささか事情が異なり
俺は翌日(つまり今、ですな)朝イチに
新宿に行かねばならぬ用事があり
遠いさいたまに戻るよりも
編集部に泊まってしまえばラクだ
という考えに落ち着いた。
ウチは〆切明けだし、別部署も
まだ修羅場には程遠い状態なので
そこまで人も多くはないであろう
という計算がそこにあったのだが…

いざ舞い戻ると、案の定ウチの部署はからっぽ。
しめしめと思いきや、隣の部署は大賑わい。
終電前だから、では片付けられぬ人の山で
これでは到底眠られぬ。
よって、まったく違うフロアへ足を運んだ。

普段ほとんど付き合いのない部署があるそのフロアは
ウチの会社に2箇所しかないソファ設置ポイントで
そこで寝るのは非常に合理的なのだが
やはりそこは慣れないフロア。
落ち着いて眠ることなど叶わず
およそ2時間毎に目を覚ます有様で
起きる度に後悔との戦いを強いられた。

さらに困ってしまうことに
俺はとても素直な性格で
こういうところでは決まって
怖い夢を見てしまうのだ。
もちろん登場人物はそのフロアのお偉いさん。
若干の後ろめたさも手伝って
必ず目を覚ましてしまう。

挙句、普段は霊感ゼロのこの俺が
人影を複数回感じてしまい
つい誰もいるはずのない施錠済みの部署を
確認するために身体を起こしてしまった。

明け方のフロアはこんな感じ。
我ながら霊を感じるのも仕方なし
と思えるほどの薄気味悪さだ。

とまれ、もちろんそれは勘違いで
霊も人もいないのであるが
よく考えたらどっちも同じようなもので
等しくイヤだよなぁ。
そんな状況でよくも身体を起こしたものだ
などと今さら冷静に振り返っている。

さて、新宿での用事だが
それはサラリーマンにとっては春の風物詩
年に一度の健康診断である。

前日は飲酒禁止、当日は飲食禁止
と相場が決まっているイベントだが
前日に深酒し、起きてからタバコも吸い
早く着きすぎたので今コーヒーを飲んでいる
俺の場合は数値はまったくアテにならぬ。

こんな検査は受ける意味もないし
どうせまた1ヶ月以内の再検査を要求され
これまたどうせ拒否すると
ノストラダムスもびっくりするほど
明確に未来が見えているので
どうであれ俺の人生に影響はない。

大事なのは中身であって期間ではない。
早く死のうと長く生きようと
これまたどっちでも同じようなものだ。


Android携帯からの投稿

先に断る。
俺はドラマは見ていない。
ニュースを見ただけだ。
だから、細かい部分は分からない。
その上で、俺が思う抽象的な
だけど大前提的な問題点を
ここに書きたいと思う。


週刊ポストに始まったばかりの大河ドラマ
「八重の桜」の長州人(山口県民)の
感想が載っているらしい。
曰く、ずっと大河ドラマを楽しみにしてたけど
このままだと長州が鬼のように描かれるから
あんまり見る気が起きない、とのこと。

俺は山口県宇部市の生まれだし
本籍は未だに山口県下松市だし
両親とも山口県民だから生粋の長州人だ。
そして、長州人らしく歴史に強い興味を持っている。

だが、同時に俺は新撰組が大好きで
土方たちのお墓参りができるから
そんな理由だけで多摩市に暮らしたほどだ。

語弊を恐れずすっごく簡単な図式にすれば
長州は倒幕派、新撰組は佐幕派。
(俺は「勤王派」という言葉は使わない)
相容れないどころか、真っ向から敵である。
俺の大好きな新撰組は
俺のルーツである長州人を
京や大阪で多数、殺している。

でも、俺は新撰組が大好きだし
同時に長州人であることを
アイデンティティとしている。

これまた簡単に言えば
それはあくまでもお互いが
「日本のために」必死だったからこそ
起きてしまった結果だから
俺なんかが何かを言うのは失礼なのだ。

大学で日本史を学んだ俺は知っている。
良くも悪くも、歴史に名を残した者は
等しく行動した者なのだ。
倒幕派も佐幕派も、日本中に山ほどいたが
ほとんどは日和見の事なかれ主義者だ。

だが、松陰先生を始めとする長州の志士と
新撰組はそうではない。
だから、残したのだ。
名、と、悲劇、を。

俺たちはそれを誇るべきであっても
下らぬ意地を張るべきではない。

会津の人間はよく言う。
長州や薩摩のせいで自分たちは苦労した、と。
それはそうだろう。
その苦労を耐えて発展させた
先人たちの偉大さには感服するばかりだ。

そしてこうも言う。
とりわけ長州は酷かった、と。
そこは仕方ないことだと思う。
長州と薩摩では会津に対する憎しみが違う。
ただ、やはりそこについても
お悔やみ申し上げます、とは言いたい。

ただ、その素となったのは
禁門の変以降の、会津人と新撰組の
非道な仕打ちなのだ。
会津と組んで長州人を追い出した側であり
幕府からも異常と思えるほどの
配慮を貰って生活していた
薩摩とは持っている歴史が違う。

それより戊辰戦争でも
殺した敵の首を斬り
武功を誇示するために腰にぶら下げていた
会津人は非道ではなかったか、と問いたい。
これは味方のはずの新撰組から見ても
邪魔なだけで無意味な
古き慣習に基づいただけのものだ。
そんな歴史も会津は背負わなければならない。

もちろん
長州にも背負うべき哀しい歴史がある。
会津だけではなく
東北のほぼすべての藩に
不要な苦労を強いたのだ。
雪に覆われながら、食糧もなく
衣類さえままならずに生活を切り盛りし
今日の発展の礎を創った
すべての人へ。
俺たちが長州人である以上
哀悼と謝罪の気持ちは亡くしてはならない。


結局、歴史とはこんなものだ。
表裏一体なのだ。

ただ、ただである。
必死に生きた先人たちの過ちを以て
のほほんと暮らしている俺たちが
歪み合うことは無意味だと思う。
それは先人たちへの最大の侮蔑だ。

未だに会津若松市の市長選挙で
対山口県のスタンスが焦点になることが
異常だと思わないだろうか?

会津人は未だに
長州人との結婚だけは認めない
とか言われるらしい。
いい迷惑だ。
長州人にとって、ではない。
たまたま東京や大阪で出会って
恋心を抱いた相手が山口県民だった
そんな過去を持つ会津の女性に、だ。
中には俺にヤラせてくる

女もいたかもしれないんだぞ!?

なんてもったいない><、


きっと今ごろ天国では
会津も長州も新撰組も関係なく
「日本のため」に議論していることだろう。

俺らの情けない姿を肴に、な。

長州人よ、会津人よ。
それでいいのか?
俺らが持つべきプライドがあるとしたら
俺たちは日本のために必死に働き
結果散って行った
偉大な志士たちの末裔だ、ってことだけだろ。
それ以外は俺たちには関係ない。
新幹線や高速道路、大学etc...
便利な道具に囲まれて
「必死」とは無縁の生活を送っているんだからな。




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