優しさ | TAKの部屋

TAKの部屋

ムラムラくんという、よく分からない人がよく分からないことを書くブログです。

俺が妖精の国にいた頃の話。

2年にも満たない滞在だったが
思い出は山のようにある。

知らない道を同級生と2人で歩いて
軍の演習場に迷い込んだことがあった。
アイルランドは町と町の間に道路しかなく
ジュースを買うことさえ往生した。
日本ではほぼない光景だが
ドラクエなどのゲームを想像してもらえば
雰囲気が分かると思う。
たまに人家はあるものの
基本的には道しかない、宿屋も店ない
まさしく、あの感じだ。

気軽に出立した2人だったが
ようやく町を見つけた時にはヘトヘトで
名もないハンバーガーショップに入り
コーラとバーガーを食べ
そのままタクシー会社に向かい
何もせずニューブリッジという
大きくないホームタウンに戻った。

その車中、見慣れぬアジア人に興味を持ったのか
運転手はしきりに日本のことを聞いてきた。
日本人とアイリッシュ、どっちがかわいい?とか
もし日本に行ったらどうやって女の子を口説けばいい?とか
およそ艶っぽい話に終始したが
楽しく会話しながら寮へと戻った。

アイルランドは優しい国で
2年の間、ただの一度も差別を受けなかった。
イギリスでは、たった4週間の滞在なのに
複数回、悲しい思いをしたのに、だ。
もちろん、楽しい思い出もあるけれど。

幸か不幸か、日本とアイルランドは
歴史上、ほぼ無関係だった。
そのためか、彼らは日本に悪感情を一切持たず
ただただ、経済大国というイメージで
しかも短期間に急成長したという
小国の島国という似た立場から見て
お手本のようだ、とまで言ってくれた。

ただ、それとは関係なく
アイリッシュは優しかった。
常に自分を、そして家族を大切にしていた。
自分に優しくない人間が
他人の痛み・辛さを分かることができるだろうか。

コンサート、ダンス鑑賞もした。
柔道を稽古したりもした。
バンドで演奏したこともあったし
弾き語りでストリートに座ったこともあった。
どこでも、出会った人たちが暖かったから
俺は2年間を楽しく過ごせた。

アイルランドの現状はどうなんだろう。
俺が過ごした頃から片鱗はあったが
経済が好調になり、ダブリンが都会化し
懐かしい車両がなくなり
タブルデッカー(二階建てバス)も
最新のフォルムに変化したらしい。
街にも新しい大きな建物が増えた。

そんなことで、伝統とも言える優しさが
なくなったとは思いたくない。
俺にとってアイルランドは永遠に夢の島だ。

ただ、不安は大きい。
日本だって、俺が子供の頃は
もっと優しさに溢れていた。
隣人とも関係を築いていた。
この20年ほどで、それが大きく変わった。

例えば。
不在時に宅急便を
隣の家に預ける人がいるだろうか。
子供が帰る時間に家にいないからと
カギを隣の家に渡しておく人はいるか。
実家から届いた果物を
お裾分けする風習はどうだろう。
町で悪さをする子供を叱れる大人はいない。
むしろ、叱った大人が叱られるのだから。
科学の進歩が心を失わせたのなら
もう機械などいらないと、俺は思う。
多少不便な方が、人生は楽しい。
身の回りの小さい困難は
身の回りの人と解決するべきだ。

LINEやメールは、それは便利だ。
だけど手紙は温もりがある。
本当に伝えたいことは
電話じゃなく直接会った方が伝えやすい。
繋がりを仲介するものは
なるべく少ない方がいいに決まってる。
だって、顔や声、そうでなくとも雰囲気
それらを込みで伝えても
誤解されたりするのだから。
無機質な文字に心など簡単には込められない。

これを無機質な文字で打ち込んでいる
俺も同じだ。
結局は便利さに負けている。

もし、今俺がアイルランドに行ったら
あの頃ほど無邪気に他人を見られるだろうか。
すべてを経験と捉えて
頭より先に行動できるだろうか。
つい寂しさに負けてネットで日本人と
交流してしまうのではないか。

やはり若さは武器であり
不便さがその刀を抜かせるのだ。

普段の自分ならやらないこと
それをすることを、経験と呼ぶ。
俺はあの頃たくさん経験した。
今とは違う、純粋で無邪気で
目に入るものすべてを肯定的に受け取り
周りの人すべてを優しいと受け取った。

もしかしたら、あの頃の俺は
本当の意味で優しかったのかもしれない。
しかしそれは、俺の資質などでは断じてなく
アイルランドという国の空気に
単純な俺が流されただけなのだ。

ただ、今ならそこまで簡単に
流されないとも思うから
やはりあの頃に
アイルランドに行って良かった。

アイルランドは優しい国だった。
子供も大人もおだやかだった。
いつか俺もまた、そうなりたいものだ。



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