さよなら多摩市 | TAKの部屋

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ムラムラくんという、よく分からない人がよく分からないことを書くブログです。

みなさま、おはこんばんちわニコニコ


今日、やっと地獄ウィークが終わって

明日から3連休のTAKです。


ま、火曜日からはまた死ねるんですが^^;


さて、ずっと書こうと思ってた

センチメンタル企画第一弾

「さよなら多摩市」を

書くことができます。


センチメンタル企画なので

面白くはありませんw

それをご理解いただいたうえで

読みたい人だけ読んでください。




オレが多摩市に住み始めたのは

記憶が確かなら2000年8月だったと思う。


大学まで、片道1時間30分かけて通学してたオレは

その時間があまりにもったいなくなって

2年生の夏休みに引っ越しを決意。


場所を、大学に近すぎず

だけど便利な場所ということで

大学まで原付で15分しかかからない

多摩市落合というところに

ワンルームのアパートを借りた。


その後、就職が決まって収入のめどが立ち

また、当時付き合ってた彼女と同棲することもあって

同じ多摩市の聖ヶ丘という場所に

2Kのアパートを借りたのが

たしか2003年11月だったと思う。


それから約7年。

オレはずっと同じアパートで暮らしてた。

大家さんがとてもいい人で

とても快適に生活できた。


オレには故郷が2つあった。

生まれた山口県宇部市と

そして、2年も住んでないのに

オレの価値観を一変させてくれた

アイルランド・ニューブリッジ。


今、多摩を離れて感じるのは

多摩はオレの3つ目の故郷だということ。

緑が好きで

田舎が好きで

あまりせかせかしていない

そんな土地が好きなオレには

多摩はとても住みやすい町でした。


梅と桜がきれいな町。

多摩川がすぐ近くにある町。

電車で30分も行けば

高尾山にも行ける町。


そうかと思えば、新宿まで40分という

アクセスの良さも魅力の町。


だけど

仕事をはじめて

彼女と別れて

何もかもが変わって

いろんな意味で多摩に住むのがツラくなって・・・


そして、決定打となったのは

オレを待ってくれる人が

他の町にいたこと。


だから今年

ついに引っ越しを決意しました。

そして、実行しました。

それでも、多摩を離れることに

さみしさはあった。

どんなに待っていてくれる人がいても

その人が大切な人でも

それでも割り切れない

そんな気持ちがあった。


きっとそれは

これからの人生で何があっても

オレが一番自由に生きれたのは

多摩で過ごした約10年だから。


だから、ずっと忘れないと思う。


引っ越しにあたって

少しだけ写真を撮っておきました。


でもそれはあくまで

ブログでみんなに見せたいからであって

オレには必要ない。


今でも、思い出したくなったら

いつでも思い出せるから。


大学生~社会人~ダメ人間~社会人と

いろんなことを経験した時期に

住んでいたオレの大切な町です。


約10年間。

本当にありがとう。

また行きます。

必ず行きます。


できたら

オレの記憶の多摩と変わらずにいてください。


(オレの家から撮った写真)

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(一番近いバス停)

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さよなら、多摩市。

また春に会いましょう。