📖言葉って何でしょう?
皆さんは日常的に使っている言葉について少しだけでも考えた事有りますか?少しだけ立ち止まって考えて、ゆっくり優しく丁寧に言葉を使って生活して行けたら良い事が起こりそうに感じます。これを読んだ方に少しでも言葉について考える良いきっかけになったらと思います。
言葉って一般的に相手との会話だったり情報の収集、確認、提供、発信、表現、自由、愛、その他様々な事に使われていて、あまりにも当たり前になっているので言葉による良い影響やその逆に良くない方向にも及ぼす影響力などはさほど考えずに使っていると思います。特に日本語は表現の言葉がとても幅広く繊細な事も情景が伝わりやすくなっていると思います。又、言葉とは少し違うけど似てるのは文字だと思う。文字は伝えたい事を記録して現在や未来に向かって残す事ができますが、その時の感動的な瞬間だったり湧き上がる情熱の様な感覚的なものは、なかなか臨場感も含めて現実的に共感するのは少し難しいかも知れません。言葉や文字もそれを聞いたり、読んだ人の受け取り方だったり解釈の有り様が事がとてもおおきく影響する様に思います。言葉も口伝えに残っている事もありますが、日常でも仕事中の伝言や近所の噂話しの様になかなか正確には伝わらない事が有りす。しかし、言葉は発言した人とその言葉を受け取った人の関係性で更に現実的に臨場感と情熱をその場で共有できるとができます。心をこめた思いが伝わるのです。
ただ、伝える相手によって伝え方、伝える情熱、環境、タイミング、内容、を吟味して言葉を選び相手が受け取る用意が出来ているかも判断しなければならないでしょう。相手は自分と同じ価値基準を持っているとは限らないので注意して使いたいものです。今、言葉や表現の手段が発達した事でとても便利な世の中になっている。しかし、その弊害も多岐に渡っていると思う。SNSなど頻繁にある誹謗中傷、詐欺、強盗などなど様々です。もしかすると、今、国を挙げて取り組んでいる人口減少問題や経済的な問題、世界各地で起きている国家間の紛争も関係していたりするかも知れませんし解決できるかもしれません。
そもそも言葉は相手が有るから成り立つのです。この世界にたった一人だとしたら言葉は必要は無いのです。もし、この世界にたった一人なんて想像すらできませんが、時には言葉の無い世界を妄想してみても面白いかもしれません。
人は産まれてきた時は一人です。勿論その時は言葉も知りませんが少しすると泣き声や笑顔で意志表示し始めて目の前のいる母親を認識し一人では無い事を意識し始めます。母親から言葉を教えられ社会で生きる為の教育や価値基準を得て成長して行く事になるのです。
昔、ヨハネと言う人が『始めに言葉ありき』って言ったらしいです。確かに良く考えると、言葉が生まれたから脳が発達して生きる為に必要な集団ができて武器や知恵や文化を他人と共有出来たのかも知れない。
納得いく言葉だと思います。
確かに言葉を使い人々は様々な文化を発展させてきた。衣、食、住、人間関係、芸術、化学を始め多彩なものを創造してきている。そして、その人間関係の中でより安全に生きて行く為に集団生活をする事を選ぶがその中で上下関係が生まれて更には主導権争いが起こる。その後、いわゆるリーダーが決まり争いも落ち着くと争った相手ともお互いに協力して衣、食、住、子育てなどが行われて単独での生活より秩序の有る安定した生活が送れるようになってきたのだろう。争いも平和も言葉の使い方とその言葉を受け取る側の認識と言うか価値基準による所が大きく影響してくる。特に異文化間ではその価値基準が文化の違いからなのか顕著に出てくるだろう。そう言う意味では各国の代表が集まる国際会議や世界的にビジネスを展開している企業などでは当事者や通訳の方が相手国などの文化的価値基準に詳しく言葉の引き出しを沢山持っている事が意志疎通をより正確にスムーズに伝える事が出来る様になると思う。この事はとても重要で、伝え方を間違えたりすると、取り返しのつかない事態になりかねない。通訳者による言葉の使い方次第なのでとても重要になってくると思う。
そもそも言葉の生まれる前はどの様に人々は生活していたのだろうか?本能のままに生活して、心配事も不平不満も無かったかも知れません。人間関係に悩んで引きこもって鬱になったり自殺する事も言葉に関係しているかも知れません。自殺する生き物は人間だけらしいです。
言葉の無かった頃の人々は今日を生きる為に目の前の事に集中し、一生懸命に生きていたし、過去に対する後悔とか未来に対する不安も無かったかも知れません。もし現代で言葉を使わずに生きて行けたら先程の言葉から生じると思われる引きこもりや鬱病、自殺、人口減少など社会的問題は解決するのだろうか?あるいは言葉に意識を囚われずに生活出来たらどうでしょう。勿論、現代社会では不可能ですが言葉に意志を向ける割合を低く抑えるのは出来ると思います。頭の中って結構うるさいのです。それには、情報の入口を遮断したり、狭くしてしまうのです。時には意識して頭の中の雑音をリセットするのも良いと思います。頭の中の静けさって時にはとても大切で良い物です。今は街を歩いていても様々な情報が飛び込んで来る時代ですし、スマホをどこでも覗き込んでいて異様な光景です。電車やバス、仕事中、ベッドの中でスマホを片時も離さず生活していてある意味依存性の病気です。異常な情報過多で有ると思う。しかもその情報は不正確で時には犯罪に巻き込まれてしまう事さえ頻発している。安全な情報を正確に選ぶのは至難の業ででしう。特に子供達は要注意です。今は情報に国境は有りませんし、国境が無いからこそ自分の思いを世界中に発信し表現する人も沢山います。良い事も悪い事も有りますから自ずから選ぶた為の知識や基準を持つ事が大切かも知れません。
逆に良い影響を与える言葉を使って社会的問題を解決できる事も出来るかも知れないです。
現代社会では、自分一人で人と関わらずに生きて行くのは、ほぼ無理な世の中で言葉や文字は無くては成らないでしょう。
言葉を伝えるにあたり聞き手の心情や育った環境は出来るだけ理解できたら理想ですが現実的にはなかなかその場では困難かもしれませんが、いきなり本題に入らなくても少し言葉を交わすだけでもお互いに相手の情報が解る事をも有ります。また、伝える際の環境だったりタイミング、湧き上がる情熱や聞き手の心に寄り添える言葉選びや顔の表情、身振り手振りを加えると言葉の伝わり方にインパクトを与えて言葉の伝わり方が増幅されて芯を食った言葉になると思うのです。気をつけたいのが、政治、宗教、学校、病院、職場、家庭内、で人は相手に何か想いを込めて何かを期待して言葉を発信している場合がある事です。自分の価値基準や常識で言葉を受け取るかどうかを決めてみたい。言葉の生まれる前と後の事を色々考えてみると面白くなってきませんか?せっかく我々のご先祖様が言葉や文字を発明して頂いたので、現代を生きる我々が未来を担う子供達たちに平和で安心して生きて行ける環境を手渡して行きたいですね。そして欠かせない物が芸術とか芸事と言われる心を揺らす言葉の表現方法です。特に音楽と共に聞こえて来る歌やお芝居や映画など言葉に添えられている人、物、音、などに言葉が増幅されて情熱の込め方や伝える環境で受け取り側も様々な思いに感動する。
言葉に込めた想いが現実になる事もある様です。かなり前の事ですのではっきり覚えて無いのですが心を込めてコップの水に感謝の言葉をもう一つには愚痴、不平不満、等を言いは放ち氷にして結晶を見比べると感謝のコップには綺麗な結晶がもう一つは言うまでもなくです。
世界中でも昔話しに出てくる言葉が有りますね。◯◯の魔女、◯◯の魔法使い、◯◯の呪文、日本でも開け〜ゴマの様にいろいろ使われています。物語だではなくて、現代でも神社やお寺では祝詞やお経といった言葉が普通に使われています。
海外の研究でしたでしょうか?子供の脳腫瘍が医者の言葉で完治したと言う事を聞いた事があります。自分の頭の中の状態を解り易く説明して良い細胞(ヒーロー)が腫瘍(悪者)をやっつける様子を紙芝居の様に話し子供はその言葉を純粋に受け止め毎日繰り返しイメージしていたら完治したそうです。良いイメージを伝える情熱と手段と忍耐力そして子供の純粋さに感動したのを思い出しました。まさに、言葉は魔法だったのかもしれません。
水や子供にも影響するのですから使い方次第では身近な問題や世界的な問題も必ず良くなると思います。様々な事柄にとても影響を与えている言葉はやはり言葉は魔法みたいですね。
大切に優しく丁寧に使い伝えられる言葉をこれからも少しでも意識して使って生活して行きたいです。
ところで言葉の未来はどうなるでしょう?もしかすると、世界の言葉が一つの言語になって地球語になっているかもしれませんし、更にその未来は言葉を超えた何かが出てきて声を発する事も無くお互いが正確に自分の意志を伝える事が出来る様になっているかも知れない。超能力的な意思の疎通が出来ているかも?言葉による認識、意識、心、情熱、を身体を介さずに未来に残す事は出来るでしょうか?人口知能には言葉は残す事が出来るかもしれませんが、その時の心から湧いてくる情熱や伝えている環境などはどう伝わるのでしょうか?未来には今では想像もつかない人口知能が出てきているかもしれません。仮に、それさえ可能で有れば半永久的に未来のためになる言葉を伝えられるし、人口知能どうしで新たな認識や知識を情報交換しながら言葉が発達して行くと思う。人間の身体は必要なくなる?生きている時に経験した事を人口知能に記録しておけば人口知能が経験した事となり他の人口知能と経験を情報として共有し急速に進化して身体が無くても永久に経験が情報として言葉が残り続ける事になるかもしれません。ですから、今を生きる私たちが良い言葉を意識して共有し使えば世界中が幸せでいっぱいになって更には未来に残ることになるのです。お金や物は身体が有る時は必要ですが人口知能の中に意識が有る時は必要有りませんから世界中では不平不満や愚痴、悪口、世界中で起きている紛争も意味が無くなるのではないでしょう。