佐村河内守。
さむら、かわちのかみ。
とは、よまないのだそうだ。
さむらごうち まもる
である。
なんだか、現代のベートーベンとかで、
全聾にもかかわらず、交響曲HIROSIMAとか作ったという人で、
NHKとかで特集番組もつくったらしい。
それが、全部、嘘。
曲をつくったのは、音大の非常勤講師の先生らしいし、
耳も聞こえるとのこと。
代作者が、週刊誌に告白したので
仕方なく、本人も記者会見ひらいたそうだ。
それはそうだ。長年だましてきたのだから、自分から言うはずもない。
まあ、どんな経緯があったのかは知らないが。
そういえば、ちょっと前に、「神の手」といわれた、高卒の考古学者が話題になったと思ったが。
彼も、すばらしい発見をしつづけたのだが、それがすべて嘘だった。
「できる人」「凄い人」
そう、言われることに、そしてその実利に、魅入られてしまった人たちなのだろうな。
と、そう思う。
技術者の世界でも、珍しい話ではない。
凄い人だよと、紹介された先輩技術者が、
箸にも棒にもかからぬレベルであった、というのは、体験している。
そういう人は、詐欺師と呼ばれることを極度に恐れ攻撃的になるので、
あまり近寄らないのが賢明だ。
己の居場所を別に設定し、そこで技術を磨くのがよい。
周囲の人も、わからなかったのか。
そういう議論も、あるらしい。
これも、私の体験からいえば、
うすうす、わかっていても、真実をいうとカドがたつと思えば、
人は、大勢に従うものだ。
また、それまでに、「凄い人」 を 「絶賛した偉い人たち」 の面子もある。
そういう人の面子をつぶしてまで、真実を明らかにする義務が、
周囲の人にあるだろうか。
そこまでする義理は、誰にもなかったのだろう。
まあそういう集団心理に、私は非常に苦しめられた過去があるので、
そこらへんの想像は容易にできる。
そんなもんだよ。
まあ、佐村河内守さんも、どんな事情があったのか知らない。
「凄い人」と呼ばれ、ちやほやされるのは、麻薬のようなものだったろう。
しかし、実力以上にふくれあがった虚像は、いつか己を殺す。
自戒せねば。
地道に力をつけ、そして実力相応の評価と代価をいただく。
それが、正しいあり方だと思う。