情報処理技術者試験の論文。
私は、なんとなく書いて合格してきた、と、書いた。
しかし、不合格が続いた時期はあって、悩んだ。
論文試験の指導については、私よりも遥かにすばらしく、優れた人が大勢いるので、
あまり書く意味も無い。
しかし、他の人が書いていないことがあるなあと思ったので、書いてみる。
まあ、駄文だ。(全部そうだなあ)
私が、情報処理技術者試験を受けたのは、正直、周囲と戦うためだった。
(それでは状況を変えることができず、技術士まで行ったわけだが。)
はっきり言うと、当時の職場環境が言語道断の状態だったわけだ。
毎日、私は憤怒していた。激怒していた。
それでも対抗しがたいくらいの職場だった。
匿名ブログだから、詳しくは書かないが。
そんな私だから、
論文試験においても、お題を見るたびに、当時の職場と比較して、そのどうしようもなさに憤り、
私に任せれば、このような、馬鹿な状況はすべてぶち壊して、こんなすばらしい業務ができるのだ、技術者とはこうあるべきなのだ。と憤怒しながら論文を書きなぐっていた。
(今にして思うと、なんとも恥ずかしい)
そのせいかどうか、わからないが。
判定Bの不合格ばかりが続いた。
んで。
どういうきっかけだったか、忘れてしまったが。
あるとき、職場を肯定的にとらえようと思ったことがあったのだ。
職場は、たしかに論文のお題と比べれば、規模もレベルも低いかもしれない。
周りは、嫉妬心だけは人一倍の、倫理的に最低の無能者ばかりかもしれない。
自分は、不当に扱われているのかもしれない。
それを、そのままでいいじゃないか。
そういう状況で、己がどのような工夫をこらしたか、どのような提案ができるか、そういうことを書いてみようと思ったのだ。
そのときだけ。
野球でいったら、力みかえったアッパースイングはやめて、
素直な流し打ちを試みた、ということだ。
そうしたら、あっさり、ITストラテジストに合格した。
はい?
もちろん、嬉しかったが。
あのときは、実は、
なんだか、だまされたような気がした。ものだ。
私の主観では、前年までの方が、よりすばらしい論文を書いていたように思ったからだ。
まあ、そういうこと。
職場を否定しているつもりで、実は自分の技術者としての人生を否定していたのかな。
それが、論文に出てしまっていたのじゃないかな。
と、今では、そう思ったりもしている。
だから、今では、自分はとても素直に育ってきた技術者です。
なんて気持ちで、論文を書いている。
また、技術的に深い、と感じる事柄は、別に大企業や主流のプロジェクトに限定されるものではないんだ。
アサインされた仕事がどうあれ、周囲の思惑がどうあれ、
技術者として進化することはできるのだ。
と、技術士になった今では思っている。
限界を決めていたのは、周囲ではなく、己だったのだな。
(技術士になって良かった、最大の事は、こういう思考ができるようになったことかもしれない)
まあ、ぐだぐだだが。
結論は、
自分の職場、自分の歩んできた道。
なによりも自分自身を、素直に、肯定的に受け止めると、合格の確率が高くなる。
そんな気が、私はするということ。
うーん。
精神論かな。
テクニックでなくてすまんね。