窓の向こうは夜の世界。


しとしと、と雨が降り、静寂ではないが、昼と夜とではこうも違うものなのだろうか。


夜には夜独特の、静寂が訪れているのだろう。


時折聞こえる自動車が、降り終えた雫を跳ね飛ばす音が、窓の向こうの生を感じさせる。


今の時代、どれほどの所へ行けば、暗闇というものは存在するのだろうか。


この国は明治に入り、街灯なるものが普及し始めた。


やがて、国中に電気が通り、やがて暗闇と言う暗闇を照らし始めた。


元来人は暗闇に恐怖を、何事か、何者か解らぬ畏怖を抱いていた。


しかして、解したものに恐怖は抱かないのが人間だ。


暗闇が少なくなった今、見えぬものへの恐怖は失せ始めた。


だが今でも、少し山の中、深い森の中へ足を運ぶと、薄暗さが周囲を包み、やがて静寂なる暗闇が訪れる。


その時、人は見えぬ、解せぬものへの畏怖を感じるのだろう。


恐ろしいだの、怖いだの。


どうしてその程度の暗闇に、恐れを抱くのだろうか。


私たちのもっと身近なところに、貴方自身に、この世で最も深く、恐ろしい闇があると言うのに。


さぁ、目を閉じて。


そこには死人が永遠に見続ける、最も悲しく、最も深い夢と同じものが広がっているから。




ふと気づくと、片田舎の車なんて一時間に数台も通らないような道の端を歩いていた。


白昼夢だろうか、でも、何を見ていたのかは一切解らない。


それでも特に気にせず、僕は道なりに進んでいくことにした。


時には山の上り坂、下り坂、田んぼの畦道、小川の石造りの橋、果ては廃れた神社の境内。


そこへ着くと、僕はあることに、ふと気づいた。


僕はどこを目指しているんだろう。


周囲をぐるりと見渡しても、そこには長年管理されていない古びた社と、コケの生えた狛犬とお稲荷様。


そして、僕が辿ってきた道、一本のみしかなかった。


ここが終点なのか。


つまり僕は気づいたのじゃなくて。


気づかされたのだろうか?なにかに。


見えぬ、何者かに。


急に心臓の鼓動が早くなり、息をするのも、苦痛になっていた。


呼吸は、喉に何かが詰まったかのように絶え絶えで、体中からは気持ちの悪い汗が、僕の全身を伝っていった。


体中から悪寒がする、真冬の川のような血潮が僕の体を巡っていっては、全身を冷やしていく。


立ってはいられなくなっていた。


力が抜けていったかのように、僕はその場に跪いた。


決して、体中を駆け巡った恐怖による脱力だけが原因ではない。


僕をこの場へ導いた、目には見えぬ、畏敬たる何かに、跪いたのだろう。




寒さと、不快さで目を覚ますと、そこはいつもの俺の部屋だった。


夢を見ていた、のだろう、そしてそれは間違いなく、悪夢と呼ばれるものだ。


額を拭うと、手のひらには真夏で四百メートルダッシュをした後のような汗が、手のひらを濡らしていた。


体中も汗を流していた、その悪夢の不快さを訴えるかのように。


着ていた寝巻きも汗で湿り、外の寒さを伝導し、凍てつく寒さを俺の肌を通して、伝えてきた。


今日は寒いな、とか思いながら、着替えるために冷える階段を爪先立って降りた。


適当に選んで、着替えると、暇つぶしがてらに居間へ向かい、テレビの電源をつけた。


リモコンのチャンネルボタンを一定のリズムで押していく。


今の時間帯が悪いのか、まったくといって良いほど俺の興味を引くほどの物はなかった。


仕方なく、少しため息を漏らし、リモコンでテレビの電源を落とした。


先ほどは降った階段を、再び爪先立って登っていく。


自室へ戻ると、ベッドの上に、まるで何かが暴れていったように掛け布団と毛布が荒れていた。


それを一瞥し、ふと冷静になって、覚醒直後のことを考えた。


そして、ひとつの疑問が浮かび上がった。


俺はどんな悪夢を見ていたのだろう。


体中を冷や汗で覆い、不快さで目を覚まさせるほどの悪夢とは。


一般的に夢とは記憶の整理と聞く。


となれば、俺の過去に存在するものだろうか。


そのような記憶が。


俺をこの上なく不快にし、果ては悪夢として出てくるほどの記憶が。


もう俺が思い出せないぐらいに忘れてしまった、何かを記憶が。


そこにはあったのだろうか。


いまの俺には解せない。


恐るべき記憶が、その悪夢にはあったのだろうか。


高ぶる感情を抑えながら、毛布と掛け布団をかけなおし、ベッドの上に横になった。


もう一度記憶の整理をするために。





無音。


私は無音、静寂で包まれた暗闇の中にいる。


直立しているのではなく、ただ、漂うように、暗闇に浮いている。


一寸先も見えない。


自分の手も、自分の体も、自分の足も、何も見えない。


ただそこにある、静寂な暗闇が、そこを支配していた。


まるで、目を閉じているかのように、深く、悲しい暗闇だけがその空間を支配していた。


ここはどこなのだろう。


上も下も、右も左も、全ての方向感覚が麻痺しているのかもしれない。


そもそもこの闇には、私の器はなく。


ただ、意思なく、魂のみが、漂っているのかもしれない。


ゆえに、何も見えないのだろうか。


あぁ、私はこのままなにも解らず、永遠にこの闇を見続けるのだろうか、と思っていると、何かが変わった。


感覚を研ぎ澄ますと、何かが聞こえる。


その暗闇にこだましながら響いていく音を、何かと解るようになるには、少し待った。


やがて、その音が近づいてきていることに気付き、同時になにであるかも気付いた。


足音だ。


この暗闇の空間を、歩いてやってくる、そしてその音からして素足なのだろうか。


なおもその音は私の方へ近づいてきている。


そして、恐らく、私のすぐ近くまできて、不意に止まった。


それは見えない、見えないのに、確かにそこにいた。


そして、そこにいるだけだった、何もせず、ただ私を見つめているかのように。


不意に何かが風を切る音、そしてひとつ、ビニール袋に空気をためて、破裂させたかのような、気持ちのいい破裂音。


私は驚き、思わず、何かを見た。


私はその時、その事実に気付いた。


私は目を閉じていたのだ、と言う事実に。


そして、この世で最も深い暗闇で、何かに遭遇したのだろう。


決して見ることの出来ない、何かに。


そしてそれは、私の再び、こちらへ戻したのだろう。


ただ、何もない無機質な白で囲まれた、無菌の部屋に。


私が目を背いてしまった、確かな現実に。







俺は間違いなく、土日を有意義に過ごしたはずだ!!


おかげですっかり休んだぜ!!


自室で。



眠いなー。


勉強がんばろ!!


明日からな。


んじゃ、また。