仁淀川町の平家伝説、椿山地区の氏仏堂 | がんばる地上の星たち!高知と松山のまんなか・仁淀川町

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土佐の山間・仁淀川町(によどがわちょう)の(元)地域支援企画員の日記!

仁淀川町にも色濃く残る




平家伝説  Σ(゚д゚;)




このテーマに沿って、






ここでは書いていきたいと思います!  ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ






四国での平家伝説の最終地点に近い仁淀川町。


その仁淀川町の中での潜幸ルートは次のように言われています。




椿山地区 → 上名野川地区 → 高瀬本村地区(掛水) → 都地区 


となっているようである。





(→最終的には越知町横倉山)








その椿山地区には


    うじ ぼとけ どう


氏仏堂




というお堂がある。





仁淀川町椿山地区に安徳天皇側近の滝本軸之進を深山幽谷分け入らせ、潜幸の適地である椿山を発見して住むこととなったという伝説がある。


瀧本家は以後、椿山地区の祖となり、いまに残っている。





氏仏堂は集落の中央にあり、内部の彫刻には「平家ガニ」があしらわれ、この堂内には梁が逗子を上から押さえつけ、その下には古来より空けることを禁じた「不開(あかず)の箱」が置かれており、今だ開けた者はなく、梁を動かし氏仏堂を解体しない限り開けられない造りになっている。










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逗子には、百足(ムカデ)の彫刻があり、尾に触ると頭が動き、頭に触ると尾が動くといった仕組みになっている。「不開の箱」には“百足丸”という納められてあるとか、平家落人たちの奉持した氏仏像が安置されているとか、さまざま地域では伝えられている。





椿山太鼓踊り”は平家ゆかりの踊りであるが、この氏仏堂の広場で行う。







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”平家伝説”を追って、さらに続く。。。。






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