コロナぶりに実家へ行ったら

母の認知症が

すすんでいました。

 

数年前に一緒に旅行した際、

 

思ったことを全部くちに出して

言ってしまう様子をみて

我慢がきかないってことは

そろそろ前頭葉の

萎縮が始まったのかな?

と感じてはいましたが、

 

1週間に1~2回している

電話の様子では

耳が遠いけど年齢相応かと

思っていました。

 

が、

 

行くことが決まってから

 

「今日じゃなかったかしら?」

「今日は何日?」

「何時にくるの?」

「みんなでくるの?」

「泊まっていけるのでしょう?」

と毎日電話がかかってくるように。

 

これはもしかしたら

料理も無理なのではないかと、

 

”昼食はこちらから

お弁当を買っていくから必要ない”

と電話のたびに言っておいたのに、

 

それでも

また前日になって

「何が食べたいの?」

「お昼はどうする?」

と電話がきたので、

 

同居している弟達は

なんて言っているの?

とたずねると

「せっかくあなたたちがくるのに

いないかもしれないのよ」

と言いだしました。

 

これは思っていたよりも

まずい状況なのかと

弟に電話したら

「うん、変なんだよ」。

 

実家について最初に目にしたのは

玄関ドアの外に置かれたゴミ袋。

 

人目につく所にゴミ袋?

 

玄関に入ると

物の多さに驚きました。

 

きれい好きで

 

物を出しっぱなしに

することが大嫌いで、

 

いつもスッキリしていた

母の家とは思えません。

 

まるで故姑宅。

 

平面という平面に物が

びっしり並べられて、

 

壁にも隙間なく物が

貼られて服もかかっています。

 

食器棚や飾り棚の食器の隙間にも

物がびっしり詰め込まれており、

 

母はエプロンをかけたまま

化粧っ気もありません。

 

夫も娘達も部屋と母の様子に

一瞬固まっていたけど

 

そこはそれ、

 

認知症の家族と

長年過ごした経験から

すぐに察知してモード切替。

 

弟夫婦とその孫も迎えてくれて

持参したシウマイ弁当を

みんなで食べて

孫ちゃんと和気あいあい。

 

横浜へ帰るのに

崎陽軒のシウマイ弁当を

買っていった理由は、

 

なじみがあって

最近食べていないものが

いいと思ったから。

 

「パパの夕食がいらない日は

駅の売店へ買いにいったわね、

このごはんが好きなのよ」

と、おいしそうに完食。

 

シウマイ弁当で正解でした。

 

それにしてもお茶も

いれられないとか、

食器用洗剤がないとか、

 

そんなことよりもまずいのは、

 

弟夫婦が

まるで子供に接するように

「これはダメ」だとか、

「よくできました」とか、

 

母の目の前で

「こんなことをしちゃうんだ」

「何度もおなじことを言う」

などと言ってしまうこと。

 

これ、故舅姑の病院や

施設でもよく耳にしたけれど、

 

そういった言い方は

確実に認知症をすすめます。

 

これからできることがふえていく

子どもには言っていいけど、

 

お年寄りには禁句。

 

「私はこんなこともできなくなった」

とダメ押しになるし

 

「できて当たり前だったことを

ほめられる」ということは

 

以前はできたお年寄りには

「私はもうだめなんだ」と

強烈に思わせてしまうことに。

 

それを人前で言われるということは

「一人前の大人とみなされていない」

という悲しさにもつながります。

 

それはお年寄りにはとても辛くて、

 

母のような

「私はきちんとしている」ことを

頼りに生きてきたような人には

特に辛い。

 

辛いことは認知症をすすめるんです。

 

私達家族は

故舅姑で体験しているので

それがよく分かっているけど、

 

弟たちは認知症未経験だから

わからないのでしょう。

 

(義妹の両親も私の父も

癌で最後まで意識が

はっきりしたまま亡くしている)

 

でもね、

 

長年同居して苦労している

義妹にはとても言えないし、

 

弟に対してだって

同居もしていない私が

あれこれ言えない、

 

と帰りのクルマのなかで話したら、

 

「もっとたびたび行こうよ」

と夫が言ってくれました。

 

 

それにしても、

 

祖父母、母、伯父も認知症だから

私も確率が高いな~