「偽善」や、「自称ボランティア」が良く思われないのは、
中途半端な行動が自己満足と捉えられる上に、迷惑にしかならないからだと思います。
何か自分にできることを、と思って実行する気持ちは素晴らしいものです。
ただし、やるなら的確に、効率よく行うことが大切です。
食糧が足りないだろう、と野菜やおにぎりを送る。
この季節は寒いだろう、と手当たり次第に古着を詰めて送る。
血液が足りないだろう、と思い立ってすぐに混雑する献血センターに並んで献血する。
極端な例ですが、これらの行動が効率悪いのはちょっと考えればわかると思います。
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義捐金は救援物資として自由度が高く、個人の支援を組織でまとまった支援にできる点が良いと思います。
京都の四条河原町でも、地震翌日から募金を呼びかけるボランティアたちが大きな声で頑張っています。
ただ、義捐金先をまとめた情報サイトは何がしたいのかさっぱり不明です。
私みたいに何もしないで文句を言うだけなら、たとえ偽善でも実行する方が良いと思うけどね。
まとめたって、それを目にしたって、それだけなら何の支援にもならないじゃない。
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情報は、知るのと知らないのとでは大きな違いがあります。
各ツールや情報網が整備されすぎている現在は、
情報を得るのと同時に吟味する必要があります。
正直、個人の「情報まとめ(拡散希望)」は必要ないと思います。
個人発信の情報は量が多く、本当に必要な情報が埋もれてしまう恐れがあります。
信憑性も不明だから、情報の絶対量を信憑性の物差しにする恐れも出てきます。
つまり、みんな言ってるからこれが正しいんだ、と思ってしまうのだね。
情報は鮮度が命です。
その道の専門機関の最新情報が一番です。
とはいえ。
「気持ちが嬉しい」「この人が頑張ってくれてるんだから自分も頑張らないと」ていうのもあるからね、
難しいところだよね。
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ミントさんが今日までに実行できたこと、
メールした知り合いの安否を全員確認できたこと、
暖房と炬燵を切ったこと、
もしこっちで地震が起きたらどうするか考えたこと、
ただそれだけです。
今月の収入と生活費を計算して余剰分は義捐金に充てようと思いますが、大した額にはならないと思います。
そして桜の季節、うちのバイト先にも、被災地域・その近辺から来られる方がいると思います。
ちょっとでも気を紛らわせてもらえるように、笑顔だけは絶やさないようにします:*:・( ̄∀ ̄)・:*:












ほろ酔いで寝るのってなんであんなに気持ちいいんやろうなぁ(笑)人んちで超わがままに過ごしてしもた