雨は止みました。

 

通勤電車に乗っています。

 

どことなく湿度を感じる一方で爽やかな空気への入れ替えも感じられます。

 

なぜか電車内は空いています。

 

 

これは日曜日の晩御飯です。

 

手羽元の煮込み、栗ご飯、トマトのおひたし、卵豆腐

 

ラーメンを食べた後は胃腸を休ませたいので、このような優しい料理にしました。

 

 

私は料理が好きなので、良い主夫になれるのではないかと思います。でも今は最も自分に向かないと感じる仕事をしています。

 

私の仕事はいわゆるブルシットジョブです。

 

ブルシットジョブを簡単に定義するなら、

 

無意味で不必要で有害ですらある仕事であり、その仕事に取り組む人自身がそう感じている仕事、だということです。

 

このことは以下の本に書いてあります。

 

 

 

 

国や社会の仕組みが前提にありますから、一義的には必要な仕事です。税金は納めなければなりませんし、会社は潰してはいけません。ただ、そこで働く当人は何ら人間社会への貢献を実感できていません。極論、いなくなっても別に誰が困るわけでもない仕事ということです。

 

例えば、ごみ収集人や医者はいなくなったら社会は直ちに大混乱に陥ります。でも税理士や銀行員がいなくなったところで、一部の人は困るでしょうけれど、社会全体を見れば、超法規的措置等でなんとか乗り切ることは可能でしょう。命と比べればどうということはありません。

 

私の仕事は大学で働くことで、今は教育部門ではなく、研究部門の管理職です。研究者ではなく、研究者が研究を行うための経費を動かす係です。わかりやすく言えば、実験の機器や薬品を買う、学会発表の旅費を支払う、研究補助者の給料を払う。こういう仕事を管理する管理職です。しかも財務とは異なり、研究者の側に立って、支出の必要を解く代弁人であります。それでも、ルールに基づき適切に支払っていない場合は先生のところに連絡して、ここが間違っていますよ、と指摘して是正します。そのため、国のルールをよく聞いたり、調べたりします。昨日も、とある国の審議会を傍聴していました。

 

大学のお金を使う場合もあれば、国のお金(例えば科研費という研究助成金)を使う場合もあります。大学のお金といっても学生から集めたお金ですから、営利企業に比べると厳格に使われます。例えば、タクシーに乗るのにも事前申請が必要です。その場でGOする?なんていうことは適切ではない、とする風潮があります。

 

ルールに従って、理由や利用場所を記した「タクシー利用申請書」なるものを事前に提出してもらい、私が印鑑を押し、出張後には「タクシー利用報告書」なるものを提出してもらい、私が印鑑を押しその他の経費とともに精算する出張旅費精算をしてもらいます。

 

個人生活ならクレジットカードかスマホで全て自動でできる決済を私が番人となって、適正にルール通りに使われているかを判断して印鑑を押します。領収書のみならず学会開催プログラムなどの証拠書類も提出してもらうので出張にかかる申請書類は時に数十枚に及ぶことがあります。それで、ルールに反する問題があれば私の元に連絡が来て、その復旧を図ります。毎年監査されて1年も2年も前のミスのようなことまで指摘され、改善のための作文や制度変更も求められます。

 

これが私のブルシットジョブです。

 

文字数が多くなってしまいました。

 

ブルシットジョブは社会全体の30%から40%を占めるとのことです。

 

つまり、これが無くなったらどうなるか?

 

社会全体でそれだけの雇用が失われることになります。

 

ブルシットは、仕事が減りゆく中で人間をあてがうためにやむにやまれず創出された仕事、こう、私は考えています。そして、この仕事たちはやがてなくなります。2030年にAIがとって変わると予言されているのが、これらの仕事だと思います。

 

3年契約の有期雇用者や派遣スタッフであと2回転、そうすると世の中は変わります。

 

 

 

 

なぜ、ブルシットに向かわざるを得なかったのか?

 

あくまで私見ですが、次、私なりの考察を記せればと思います。