その時は | BOOKMAN

その時は

「何か雨降りそうだな」
哲也が右手を天に差し出した。
「あぁ、うん」
空を見た。せっかく田所と話すチャンスだったのにあれ以来話しかけることが出来ず、田所も俺もずっと窓の外を見ていた。
輪の中の盛り上がりは最後まで途絶えることなく、たまに見る結子は必ず笑っていた。
そんなことを振り返りながら、呟いた。
「はぁ、久し振りに空見た」
真っ暗な空が続く。辛うじて、夜の雲は暗い空と分離して、薄い境目をつくる。
哲也が空を見上げる。
「久しぶりってか、おいは空なんてちゃんと見ること無いし。まじまじと見るとすげーな、なんか」
口をあんぐり開けている。
「一つも星無いんだな」
哲也が残念そうに言った。
「俺は暗いほうが好きだけど」
哲也と二人きりで話すと、他の奴と違って緊張した。
微妙な距離感を保ったまま歩いていく。
「優汰だったらさ、もし流れ星流れてきて、願い事言うなら何願う」
哲也が首を左右に振って、骨を鳴らした。
「うーん、何だろう。そういうの考えたことないから知らない。哲也は」
哲也のほうを見ると、まだ空を見上げていた。
「おいか。おいだったら・・・世界平和だな」
空に向かって、思い切り背伸びをした。
「冗談だろっ。実際そんなの願う人いないから」
そんな答えは求めていない。誰だってやはり自分のことを願う筈だ。
「真面目にだって。流れ星に願ったってどうせ叶わないんだから、逆に大きいこと言ったほうが得だろ。神様が見てて、世界平和を祈るなんて偉いとか言って、良いこと起こさせてくれるかもしれないしな」
こっちを向いて、微笑んだ。
「流れ星は信じないけど、神様は信じんの」
ちょっと嫌味っぽく微笑んで、哲也の顔を覗き込んだ。
「確かにおかしいか」
確かに哲也らしくはない。俺が思う哲也は、街角アンケートや何かで一位になるような答えをを言うはずだ。世界平和何かじゃなく、金持ちとかそんなベタな。
また空を見上げると、一つだけ星を見つけた。
「優汰ってさー」
急にこっちを向いた。
「えっ、なに」
哲也のほうを向く。息を大きく吸う声が聞こえた。
「好きな人いるの」「えっ」
早口で聞こえなかった。
「だからっ、好きな人いないのかって言ってんだ」
哲也の凄い剣幕に、圧倒されそうになった。
「べっ、別にいないよ」
嘘をついた。
「ホントか」
哲也の目は、真っ直ぐに俺の目を見る。
「うん」
また嘘をついた。
「そうか。ならいいけど」
哲也の興奮が少し冷め、肩から下がったカバンの紐を直した。
「話しってそれだけ」
「うん」
何か怪しい。
「俺に何か隠してない」
「えっ、い、いや、何も隠してないから。あっ、てかどんなタイプの子が好き」
話を反らしたことがすぐに分かった。
「特に無いし」
「一つくらい何かあるだろ」
「じゃあ、優しい」
「じゃあって」と言って前を向いた。その顔はどこか安心していた。
大通りに出た。車が何台も横を通り過ぎる。
ワゴン車から聞いたことが無いレゲエの曲が流れていて、青いライトを発していた。
その光は星よりも眩しく、俺の目を細めさせた。