その時は | BOOKMAN

その時は

放課後になり、全員がいつも通り作業をする。
俺と渡辺が一時間目いなかったことを聞く奴は誰もいなかった。
そんな渡辺も、結子を呼び出した比良も、比良に呼び出された結子も、比良とひそひそ話をしていた哲也も、皆何も無かったように作業をする。
確かにいつもと違うはずなのに。
それが何故か気に食わない。何とも言えない腹立たしさを抱えながらも、作業は順調に進む。

作業の途中、みんなの手を止めさせ、声を飛ばした。
「この作業終わったら二組と合同でやるから」

放課後の文化祭準備はスムーズに進んでいたはずだったが、それは三組だけで、他の三年生のクラスはそうでもなかった。他のクラスは人数不足で、予定の半分も作業は進んでいなかった。
「何で二組なの」
田所が尋ねた。大地と机を合わせ作業をしている。
「二組が人数全然いなくて、作業遅れてんだってさ」
田所と大地の組み合わせに違和感があるからか、二人を見ると恥ずかしくなった。
「二組とかぁ」
佳代が怪訝な顔をし、両腕を捲った。細く白い腕に、佳代のイメージが付いてこない。
「二組とやるの嫌なの」

結子が佳代に尋ねた。意外とこの二人がまともに話すのを見たことがなかった。
「全然。むしろ嬉しいけど、ちょっとね」
「ふーん」
何かを悟ったのか、結子はこれ以上訊こうとはしなかった。
佳代は、椅子の上にあぐらを欠き、止めていた手を動かした。
こっちのほうが佳代らしいと思ったことが何だか可笑しくて、俯いてこっそりほくそ笑んだ。
汗を拭い、声を飛ばす。
「ふぅ、じゃあ二組行こう」
作業が終わり、二組へ向かった。
さっき拭ったはずなのに、首筋から汗が流れ、余計にやる気を削がれた。
「失礼しまーす。手伝いに来ましたー」
比良が勢いよくドアを開け、中へ入った。
「てめぇがやれって言ったんだろ」
いきなり、怒鳴り散らす声が飛んできた。
声を飛ばしたのは、松川光矢。
短髪のせいか、きりっとした眉とぱっちりと鋭い眼球がとても目に付く。
「そんな雑にやれって言ってないでしょ」
それに負けない位の大声を飛ばしたのは、学級委員の伊藤加奈。髪はショートで、こちらも目がぱっちりして鋭い。
三つ合わせた机の上には、和紙で作られた花がいくつかあった。
「またやってる」
佳代が溜め息をついた。
「だから男子は」
伊藤が話し終わる前に、待っていたかのように松川が声を飛ばした。
「出たっ、男女差別」
間髪入れず、伊藤が叫ぶ。
「はぁ、そういう意味じゃないし」

全員が教室へ入っても、二人の声の飛ばし合いは終わらない。俺達に気付いていないのだろうか。
ほとんどは顔を見合わせ、困った顔をする。
だが、真はあくびをし、莉沙は壁際で笑いを堪える。
どうすればいいか考えていると、急に教室の扉が開いた。
「な、何してんの」
学級委員の大友淳。
女子のような長い髪が一瞬気になったが、ちらっと見えた女子のような顔立ちで、それはすぐに消えた。
大友がこちらを振り向く。
「あっ、どうも」
こちらを見て、軽く会釈をした。いきなりのことで少し驚いて、慌てながら会釈をした。
「ちょ、ちょっと、や、止めなよ」
「てめぇ一人でやってろボケッ」
「出来ないくせに命令すんな。下手くそっ」
大友の声を無視し、声が自由に飛び交う。
「ちょっと、さ、三組の人たち来てからぁっ」
大友が二人の間に割って入り、叫んだ。叫んだように見えたが、実際は二人の声の半分にも満たない。
「はぁ」
「えっ」
ほぼ同時にこちらを振り向いた。松川が勢いよく椅子に座った。椅子の脚と床が擦れる。
「うるさいよ、光矢」
伊藤を睨みつける松川。
「あーあ。てめぇのせいでとんだ恥かいたぜ」
「はぁ、元はといえばあんたが」
松川のもとへ向かおうとする。
「も、もう止めなよ。三組の人たち困ってるし。ごめん」
大友がこっちを向いて、謝った。
伊藤が黙って椅子に座る。少し、松川を睨みつけながら。

「よっしゃー。作業するか」
比良が空気を断ち切るように、手を叩いて大声でいった。
「じゃあ、みんなで囲んでやろう」
莉沙が提案した。
「それいいね」
佳代が同意する。
全員で円をつくり始めた。
「よっ、久しぶりっ」
松川と伊藤の間に佳代が入り、両方の肩を叩いた。
「あぁ」
「よぉ」
どちらもそっぽを向いて返事をした。
「佳代って二人と知り合いなの」
莉沙は、伊藤と田所の間に挟まれている。
「うん、幼稚園の頃の幼なじみ」
「そうなんだ、初めて知った」
莉沙が驚きの声を上げる。俺も、三人の関係を初めて知った。
「でも、加奈たちって私と同じ小学校だよね」
莉沙が伊藤たちのほうへ歩み寄る。
「わたし、幼稚園のとき近くだけど引っ越しして、幼稚園変わったんだ」
「へぇー」
と言って、和紙を何枚か取った。
「佳代って転校してきたんだぁ」
結子が、佳代たちの話に入る。結子は伊藤と比良の間に挟まれ、俺は、比良と哲也のあいだに挟まれている。
哲也と話しながらも、自分のどこかは結子を見ている。そして、比良のほうも。
休み時間に二人がどこかへ行った辺りから、結子と比良が近くにいると、気持ちが暗くなる。
「おい、聞いてっか」
哲也が俺の肩を叩いた。
「えっ、なにが」
「だから、放課後二人だけで帰んないって言ってんの」
呆れたように言った。
「あぁ、いいよ」
返事をすると、哲也がきょとんとした顔をして、俺の目を見た。
「ん、何かした」
俺もきょとんとした顔で、哲也を見た。
「理由とか聞かないんだな」
下を向いて、重ねた和紙を折っていく。
「えっ、何て言った」
哲也が何かボソッと言ったが、よく聞こえなかった。
「普通さぁ、二人で帰りたいとか言ったら何でか理由気になるだろ」
作業していた手を止め、俺に顔を近づけた。
「あぁ、そうかもね」
「はぁ、まぁいいや。放課後な」
溜め息をつき、佳代たちの輪の中に入っていった。
いつの間にか、俺と真以外で、話が盛り上がっていた。
大地は隅で地道に作業をしていたが、哲也が大地を呼んで、輪の中に入っていった。大きな輪は小さな輪に変わり、強度が増した。
輪の近くにいるのが何となく嫌で、隅っこの壁にもたれて作業をしていた真の隣に座った。
「よっ」
座ると同時に、真の肩をポンと叩いた。
一瞬真がこっちを向いたが、すぐにそっぽを向かれた。
「疲れるな、作業」
沈黙が嫌で、話し掛けた。
「あぁ」
人の倍のペースで、花を作っていく。
「でも、愚痴、言わなくなったよな」
真の愚痴をここ最近一度も聞いていない。
「どうせ言ったって無駄だしな」
真が、自分の右肩を揉んで、叩いた。
「ハハッ、確かに」
返事は無い。長い沈黙になる。
佳代たちのほうから大きな笑い声が聞こえた。

何を話せばいいか考えていると、真のほうから話しかけてきた。
「お前もあっちで話してきたら」
顔は俯いたまま。
「入れそうに無いし、はっきりいってああいうの苦手」
あの集団が笑い声に包まれれば包まれるほど、俺はきっと、あの輪に入りづらくなる。
「まぁ、俺もだけど。てかめんどいから入る気ないけど」
頭をかいて、俺のほうをちらっと見た。
返事はしなかった。
一度は、めんどいと言ったのは強がりだと思ったが、真なら本当にそう思っているかもしれない。

「ねぇねぇ、ちょっと真聞いて」
莉沙が田所と一緒に笑いながら、こっちへ来た。
「光矢くんと加奈、ウケっから。真も来なよ」
輪の中では、たくさんの笑い声が聞こえる。
「いいよ、行かねーよ」
莉沙の目も見ず、黙々と作業をする。
「いいからいいから、行くよっ」
「おい、ちょっ」
無理やり真の手を引く。
輪の中に引きずり込まれていった。
「仲いいなぁ」
小さく呟いた。
「そうだね」
いつの間にか田所が隣りに座っていた。
「おわっ」
驚いて、声をあげてしまった。
「ごめん、隣り座って駄目だった」
どう解釈したのか、立ち上がってこの場を立ち去ろうとした。
「あぁ、い、いやっ、全然いいよっ」
なぜか必死で引き止めた。
「う、うん・・・」
戸惑った表情をしながら、ゆっくりと隣りに座った。必死さが伝わったってしまっただろうか。
「い、いいの。みんなと話さなくて」
輪を指差す。
「フフッ。優汰くんが引き止めたのに」口元を手で抑える。
「あっ、そうか」
心の中で自分に突っ込んだ。
「はぁ、何か笑って疲れたから、こっちに居ようと思って」
まだ何か話すと思い、言葉を待ったが何も来ず。
田所のほうを見ると、窓の外をじっと見ていた。
俺も同じように窓の外をじっと見た。

みんなの話し声や笑い声が霞む。
空は薄い青で、はっきりした雲は絵の具で描いたようで、ここは絵の中の世界なんじゃないかと、一瞬ゾッとした。