その時は | BOOKMAN

その時は

「よっ、哲也」
学校が始まるぎりぎりの時間に比良が来た。
「おぅ」
比良の席は哲也の前の席になっている。比良がカバンを机に置きイスに座り、哲也のほうを向いた。
「あれ、渡辺は」
比良が、廊下側の一番後ろの席にいるはずの渡辺がいないことに気付いた。
「さぁ、何か優汰もいねぇし」
哲也が顔で優汰の席を指した。
「マジで」
廊下側の前から四列目の席を見た。
「ほんとだ。真何か知らねぇか」
優汰の席の前にいる真に向かって声を飛ばした。
「さぁ」
前を向いたまま面倒くさそうに返事をした。
「結子さんは渡辺知らない」
真の右斜め前の席にいる結子に声を飛ばした。
「えっ」
前の席の女子と話していたせいか、比良の言葉はあまり聞こえていなかったようだ。
「みーちゃん何でいないか知らないかだって」
真が頬杖をつきながら比良の言葉を伝えた。
「分かんない。昨日は別々に帰ったから。遅刻だとは思うけど」
と、真を見ながら言った。
「知らないって。多分遅刻だってさ」
真が面倒くさそうに後ろを向き、結子の言葉を比良に飛ばした。
「そうか」
(結子さんも知らないんじゃ他の奴も知らないか)
「おはよう」
いきなり教室の扉が開き、小太りの男が現れた。その男が教壇の前に立った。
「起立」
日直がそれと同時に号令をかけた。
「礼」
真以外の全員がほぼ同時に礼をした。
「着席」
この号令をかけるまえに真はもう座っていた。
「じゃあ日直頼んだよ」
朝の会が始まった。
「なぁ、哲也」
朝の会を無視し、比良が小声で哲也と話し出した。
「何か二人怪しいよな」
比良が真面目な顔をした。
「何が」
哲也はとぼけた顔をした。
「噂じゃ昨日一緒に帰ったんだってよ。」
周りを気にしながら話をする比良。
「だから何だよ。」
哲也はなぜか怒り気味でいる。その哲也を無視し、話しを続ける。
「だから前にも噂あったけどさ、あいつら付き合ってんじゃねぇかな。それで、今日も一緒にいるとかさ」
「たまたまだろ。おいは噂とか嫌いだから」
イスに深く腰掛けた。
「俺も噂嫌いだけどさ、でも優汰が休んだの見たことあるか。」
興奮し、少し声が大きくなった。
「・・・ないけど」
弱気になる哲也。
「だろ」
比良の得意気な顔が、哲也に腹立たしさを覚えさせた。
「例え付き合っててもいいだろ。そうやって面白がるのが嫌いなんだ」
怒りで声が大きくなった。
「ちげーよ。俺もそういうの嫌いなんだから。」
だんだんと声のボリュームが上がっていく。ひそひそ話に気付いた大地が、少し前から二人の話しに耳を傾けていた。
「じゃあ何でこの話したんだよ」
我に返ったように、比良の表情が変わった。
「いや、今話せないからあとですっから。出来ねぇかもしんねぇけど。」
目線が結子のほうを向いたが、哲也は怒りで気が付かなかった。
「はぁ、なんだそれ。もういいから前向け」
あきれたように言った。
「わりぃわりぃ。またあとでな」
それほど悪いとは思っていないような返事をした。
哲也が「なんだそれ」と言うのとほぼ同時に、大地も心の中で、「なんだそれ」と言っていた。
大地の前の席にいる田中も、小さく、「なんだそれ」と呟いたが、それに気付いたのは隣の席の女子だけだった。しかしその女子も、はっきりと聞こえたにも関わらず、聞き間違えとして扱った。田中がそんな言葉を言うはずが無いと思って。
人の本当を知るのは、とても難しいことである。