その時は | BOOKMAN

その時は

「誰、その好きな人って。」
ここまできたら、自分から積極的に聞いたほうがいい。そうでないと朝になってしまう。
「た、田中くん。」
照れたのか、うつむいて顔を隠した。
「田中って田中敬のことか。」
「う、うん。」
渡辺の口から出てきた言葉はそれほど意外な言葉でもない。むしろ思っていた通り。思っていた通りで妙な肩透かしをくらった。
田中敬は大地の前の席にいるノッポの男子。
「優汰くんは田中くんと仲いいよね。」
確かに仲はいい。小学校のときは、良樹と三人で休み時間に何度も話しをした。だが、それ以外は何もしない。学校以外で遊ぶこともない。よく分からないがそれだけで十分な気がした。
「うん、まぁ一応。でもお前が一番田中と仲いいけどな。噂もあったし。」
と言って、ベンチにあぐらをかいた。
渡辺は人気があるらしく、何度も告白されている。そして、全て断っている。そのせいか、誰かと付き合っているという噂が出た。
性格が似ていたことと、女子の中で渡辺とだけよく話すという理由で田中が疑いの中にいた。
良樹もその中にいたが、一番疑われていたのは俺。二人で帰る姿を何度も見られており弁明もさせてもらえず、二年になっても、渡辺と少しでも喋ると視線を浴びたり、ひそひそ声が聞こえたりした。
俺はそんなことは全く気にしないが、渡辺は俺に気を使ったみたいで学校であまり話しかけられなくなった。
それから、佳代とも話しをしなくなり、良樹も渡辺と佳代に話しかけづらくなったようで、いつの間にか四人は半分に分かれていた。
だが三年になってすぐの、委員会を決める話し合いのときから、渡辺と田中が付き合ってるという噂がまたでた。それからは、俺たち四人の仲は徐々に元に戻っていった。だが、渡辺と田中の噂はまだ継続中。
「噂はうわさだよ。」
確かにそうだ。実際、渡辺が付き合っていないことは知っていた。
今まで、噂と呼ばれるものを何十回も聞いてきた。その殆どは、大げさや嘘、勘違いなどで出来ていた。 噂を信じる気はないし、もし噂の中に本当があったとしても、偶然としか思わない。「噂もあったし」というのは、二人の仲がいいということを言いたかったのだけれど。

「それで、相談ってなに。俺に何かしろってこと。」
「うん。えっとね、田中くんと遊びに行きたいの。もう少しで中学も終わっちゃうし。でも、どう誘っていいか分からなくて。だから、悪いと思うけど優汰くんに誘って欲しいの。三人で遊ぶってことにしてくれないかな。」
「渡辺も分かっているのか。」
ぼそりと、呟いた。
「えっ、分かっているって何のこと」
暗闇の中、うっすらと渡辺のきょとんとした顔が見えた。
「あっ、何でもない。」
つい間違えた返事をした。
「もう少しで中学も終わっちゃうし。」
この言葉を訊いた瞬間に、心臓の鼓動が大きくなり、一気に鳥肌がたった。喜怒哀楽のどれにも当てはまらない感情が沸いた。
「それで、駄目かな。」
「あ、あぁ、いいよ。」
鼓動も鳥肌も収まる気配はない。
「本当に。」
満面の笑顔を見せた。
「うん、誘ってみるよ。」
「ありがとう、優汰くん。」
満面の笑顔の倍の笑顔。
「じゃあまた明日ね。」
幸せそうな顔をして帰っていった。
携帯電話の中にあるアナログ時計は、短針は7という数字の少し先を指し、長針は2と3のちょうど間を指していた。
側溝に足が躓いて、片方の靴が脱げた。こんなドジをしたのは久しぶりだ。