それから、2ヶ月。
私は、精神的にギリギリのところで頑張ったと思います。他の人は意識していませんでした。日本で頑張っていたときに比べて、どうやらそのときくらいからか、判断の基準が自分自身になったのを覚えています。第6感というのか、サイモンフレーザーに自分がずっと求めていた答えがあるような変な気がしていたという理由もありました。UBCから合格通知はもらっていたのに、不思議にサイモンフレーザーにこだわっていたのを覚えています。
私は幼い頃から家族に依存症にかかった人がいたため、普通とはずいぶん違う生活環境に育ちました。子供ながらも、自分でどうにかしたいという想いがありました。
カレッジに行ったとき、依存症に関連する基礎科目を受講して、なんとなくですが、何が問題なのかというのがわかってきました。さらに、根本的な原因や対応というものを考えるには、やはり根底にある理論を勉強する必要があるんだということも教授から教わりました。
これもこだわりの理由だと思いますが、カレッジで担当していただいた教授は昔、サイモンフレーザーでも教えていたことがあると。教授から、「依存症についてもっと勉強したいのなら、サイモンフレーザーに行きなさい。」と言われたのです。
美和からの手紙の詳細はこちらから。
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