昨年8月、私の人生は大きく変わりました。


23歳の息子が、天に召されたのです。息子は勉強好きで、たいへん努力家でした。大変な心の病を乗り越え、素晴らしい大学に進学することができ、将来は「人の役に立ちたい」という強い志を持っていました。私にとって、かけがえのない、唯一無二の存在だった息子。これからという時に、不慮の病(急性肝不全)で突然に星となって旅立ってしまいました。


## 変わってしまった日常


朝、目覚めると、まず息子の姿を探してしまいます。昨年の夏、暑さのせいで家族三人、大きなベッドで共に寝ていました。あの頃はそれが日常の風景でした。今朝も、目が覚めた瞬間、彼がそこにいる気がして、思わず手を伸ばしてしまいました。


けれども、そこにはもう誰もいません。


現実を受け入れるまでのほんの数秒が、毎朝、何よりも苦しい時間です。


## 涙とともに歩んだ365日


この一年間、私は息子のことを想いながら日々を過ごしてきました。できるだけ前向きに生きようと努めてきましたが、正直なところ、朝の太陽を見ても、夜の月を仰いでも、息子の面影が浮かび、涙が止まらないこともあります。


友人たちは「時間が解決してくれる」と言ってくれます。けれど、私には「悲しみは癒えるものでも、乗り越えるものでもない」と思えてなりません。もしかすると、乗り越えようとしなくても良いのかもしれません。


大切なのは、この深い悲しみを、やさしさに変えていくこと。そして、息子への愛を心に永遠に抱き続けること。


この涙は、悲しみと愛が静かに混ざり合ったものなのだと感じています。


## 23年間の愛おしい記憶


息子と過ごした23年間の一日一日が、今ではすべてがかけがえのない宝物となりました。一緒に笑った日、喧嘩した日、ふとした会話のすべてが、今も心に深く刻まれています。


息子が旅立って初めて気づかされたことがあります。それは「愛する人を失うことは、その人との思い出まで失うことではない」ということ。むしろ、思い出のひとつひとつが、いっそう輝いて見えるようになったのです。


## 見えない絆


夜空を見上げると、息子がどこかで私を見守ってくれているように感じる瞬間があります。「ママ、大丈夫?無理しないでね」そんな彼の声が、そっと届いてくるような気がします。


親として、子どもより先にこの世を去るつもりでいましたが、人生は思い通りにはいかないものですね。


今は息子に見守られていると信じながら、彼の想いを胸に、与えられた命の限りを、大切に生きていきたいと思っています。


## 同じ想いを抱える方へ


もしこの文章をご覧くださっている方の中に、大切な方を失ったご経験のある方がいらっしゃいましたら、心よりお伝えしたいことがございます。


どうか、泣いてもよろしいのです。悲しんでもよろしいのです。悲しみは癒えないかもしれませんが、愛は永遠に消えることはございません。


そして、大切な方の愛と、生きてこられた証を胸に、少しずつでも前へ進んでいければ、それで十分なのではないかと、私は感じております。


どうか、お一人お一人が、ご自分のペースで歩んでいかれますように。


## Noboruへ


最後に、星となったNoboruへ。


ありがとう、Noboru。23年間、私の息子でいてくれて。本当にたくさんの愛と幸せをくれたね。君がいない毎日は寂しくて苦しいけれど、君がくれた愛は私の心の中で今も温かく生き続けているよ。


今日も君を想いながら、一日一日を大切に過ごしていくからね。


いつかまた会える日まで。ママより。


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*2024年8月 愛する息子を見送った母より*