ウインド・アンサンブル・コスモスへ入団してから、毎週土曜日の夜練習にいくようになり、なるべく休まないこと目標に。

それでも11月3日に行われる神戸市吹奏楽祭には出たくて(抽選にあたれば・・ですが)パートの人には、10月からの練習と合宿は押部谷カントリー吹奏楽団の練習を優先にさせてもらってます。
有難いm(__)m

コスモスは6月にあじさいコンサート、11月に定期演奏会、3月に三田市吹奏楽フェスティバルに出演。
その合間に老人ホームや福祉センター等の依頼演奏など・・・アンサンブルをしたり、たくさんことを経験させてもらってます。

そして押部のほうでも一緒に出ませんか?の御誘いからだんだんでますよね?に変わりつつあるなかで、仲間に入れていただき、仲間が増え、福機会が増えました。


そして今年、恩師の定年退職をお祝いするコンサートを、有馬中OBと押部谷中OBとが中心になり、自分達で手作りコンサートを開催♪1年ちょっとかかって計画をし、何度も話し合いを重ね、約80名弱のメンバーが集まり、11/18に西区民センターで開演。
たくさんのお客様が来てくれ、成功だったと。
【はじめての音楽同窓会】

吹く仲間も同窓会なら見に来ていただいた友達も同窓会ができました。
コスモスのパート仲間にはずいぶん迷惑をかけたけど、恩師への感謝と祝とができて
よかったと思います。

中学で吹奏楽の世界に入り、先輩、後輩ととともに部活で鍛えられ、高校入学のときに恩師が
『君のいく高校の家政科は厳しいところ。吹奏楽はやめといたほうがいい。』そういわれ諦めた。実際厳しく補習があり部活に迷惑をかけると思った。

その後吹奏楽の世界から離れて30年

諦めろといった恩師から
もう一度吹かへんか?と誘われ、今に至った。


友達が誘わなければ、先生に出会わなければ、
友達が同窓会に誘わなければ、引っ越しをしなければ・・・

たくさんの偶然が、出会いが私を再び音楽の世界に戻してくれなかったのかな?
そして子供たちが巣立っていったあとの私の居場所を先生が見つけさせてくれたのかな?


30年ぶりに、35年ぶりに先輩後輩と友達に出会い新しい仲間も増え、この先何歳まで吹くことができるのかわからないけど、
吹いて奏でて楽しい時間をこれからも過ごして行きたいと思います。

まだまだ私の音楽物語は続くことだろう。続かせたいと思います。


どこかに入りたいとおもってしまったどんちゃん。
ネットで入れそうな団体探しの始まりぃ󾆐

いざ探すとなると・・・・

勤めているのが三宮なので平日の夜の練習してるところ(?)
土日のどちらか(?)
三田や宝塚方面(?)


いろいろ考えました。


結局家から近い方がいいなぁとおもいある団体の見学にいくことにしましたが、
先輩から『コンクールに興味があるか?』と聞かれ今更コンクールは・・・・・

じゃやめとけ!
その一言でもう一度探し始めたころ(・・;)

その週末に定演をする団体が!f(^^;


先輩にお願いして一緒に見に行ってもらいました。贔屓目なしに感想が聞きたくて♪

なんだか暖かい雰囲気の団体で、
でも しっかりした演奏と感じ、「ここにしようかな?」の言葉に


ええんちゃうかな!の返事。
さっそく翌週に見学に行き、入る決断(^_^)v

当時ゆいっちが6年。これから土曜の夜は練習で家にいないことを告げ、子供たち3人からの了承をもらい入団。
それがウインド・アンサンブル・コスモスでした。

30年ぶりに吹く私に、パートの皆さん優しくしてくださり、へたっぴを早く脱出したいと・・・

しかしそんな簡単にブランクは埋めれません。
音は出ます。指も覚えてます。それだけではダメです(>_<)

でも少しでも上手くなりたい。
楽しく吹きたい。

再び吹奏楽の世界にどっぷりはまろうとしたこの年。
ピッチが低くなるべく高め高めにとるように心掛けてついに本番です


11月3日曇りの朝
7時半ごろ、友達、先輩を乗せ9時集合を目指してまずは大倉山駐車場へ。
出番は夕方なので午前中練習をします󾌰

が・・・ 近くで練習場がとれず、新長田へ移動てす。
どれだけの人数で舞台に立つのかわかりません。
初めまして~と挨拶する人がどれだけいるのだろうウインク         一般バンドの特徴です。

お昼まで練習し、すでに口が疲れてきてます󾍄

文化ホール近くに再び移動し、昼食と別団体の観覧。
大きな楽器をもってお店に入るのが申し訳なくて・・・

文化ホールで観覧
薄暗くて、携帯も遮断され、心地よい曲を聞いてると・・・気持ちよく眠れます(ゴメンナサイ)
さぁ本番のための集合!
リハーサル室へ→チューニング室へ
30ん年も前も文化ホールでの本番の時は
あっちへこっちへと移動しながら舞台袖まで行ったんだろうな󾌱

ドキドキ󾬍

とうとうその瞬間  (キャーー󾌰)
1曲目 秋空に
2曲目 アメリカングラフィティ

あっという間の8分?7分?

退場して控え場所に戻る途中で、ネット友達のヒロさんが待っていてくれました。
私の復帰舞台を三重県名張から駆けつけてくれました。
とても嬉しかったです
『うまかったで!よかったわ!󾌰』とだけ言い残し帰っていかれました。

おわってしまったー


そんな気持ちでいっぱい
もっと吹きたい♪
これっきりなんて・・・(>_<)

翌日も次がないのに少し吹きました


どこかに入りたい。
そうおもった瞬間でした。そして動き出したどんちゃんでした

便利になったもんです。楽器を手に入れるのにオークションで買えるんです。
もちろん粗悪品かもしれないという賭けですが・・・

安く手にいれたAltoSax近所の公園に吹きにいきました。
音が出るのか指を覚えてるのか・・・

不安材料満載でしたがなんとか音は出ました。
音色じゃないですガーン

指も覚えてました󾌰
でもなんかおかしいです。
ちゃんとキーを押さえてるにも関わらず鳴りません。
ちゃんと見てもらわないと・・・

どこに出す?誰がみてくれる?
Ya〇〇とかka〇〇とか楽器店にきくと、預かって見積もりを出して承諾して修理して約1ヶ月以上・・・

そんなぁガクリ   時間も金額もかかるよなぁ󾍄

そこでネットで知り合ったヒロサンに相談


快く【わかった。まかしとき!俺の後輩でリペアしてるやつがおる。事情話してみてもらえるようにするから。】
ありがたかったです。

西宮に住んでおられて、いつでも言うておいで。そうやっていっていただきましたm(__)m

調整をかけてくれ音が鳴るようになりました。

先生にいつ声かけられてもいいように
練習です。4拍伸ばすのも大変。
タンキングおもうようにできず󾌣
はがゆいです。以前はできたっていう思いが先行しブランクがあってももう少しできるだろうと思ってました。

ある日、先生から電話が・・・

押部谷のOBたちと神戸市吹奏楽祭にでーへんか?


いきなり大きな舞台(・・;)
えーーーキラキラ音符3回ほどの練習で本番
会社に楽器を持っていって昼休みに音を出しにいったり、公園にいったり、とにかく吹ける時間は吹いてたような気がします。
そうでもしないと不安でした


そして本番を迎えます・・・・




時々演奏会を見にいくようになったどんちゃん。
その少し前でしょうか・・・

小学校の運動会で恩師と再会。近所に住んでいたのは知ってましたし、何度かすれちがったこともありました。
でも面と向かっての再会はその日。

40才になった頃だったかなぁ
ある日の夜1本の電話が・・・

それは小・中と一緒だったNちゃんからでした。吹奏楽部で同じSaxを吹いていた友人。


『ブラバンで同窓会しよう。出席決定やで!』

(・・;)   エーーー!!  返事する前に決定って󾍄

そこから仲間集めです。結局同学年13名ほど、先輩1人が集まり、当時の思い出話に盛り上がり、尽きることのない笑いと話題。
中学生に戻ったかのように、甦りました。

それから当時住んでいた家を離れ、実家の近くに引っ越しました。
2年ほどたったまさっちが中3の年に恩師が校長先生として赴任。
もちろん教え子として保護者として、先生に会いに行きました。
私の母校に子供が通い、その時の新任だった先生が校長として再赴任。

会いに行ったとき、先生の一言がなければ・・・
【もう1回吹けへんか?】

(・・;)なに言い出すん、この先生

私→30年吹いてないのに吹けるわけないじゃないですか?(笑)(笑)

先生→いや!大丈夫や!!!一度自転車に乗れたものは乗れるから(*^^*)

エーーー(・・;)自転車と同じって!

先生いわくは
       自分が赴任した頃は生徒もたくさんいて、町も賑やかだったのに、今は・・・・・

だから地域を盛り上げたいんや!


数年前に久しぶりに演奏会を見に行ったときに沸いたもう一度吹きたい!


その気持ちが心の中に埋め尽くされた瞬間でした。
楽器を持っていなかった私は押さえきれない思いのまま楽器探しをし、安いAltoSaxを手にいれた私は吹奏楽の世界に発進󾭝