お母さんの声が神様の声に聞こえた。
単にボクの熱心な姿勢に根負けしたのか、
それとも哀れみを感じてか、
それともボクの彼女に対する気持ちが見透かされていたのか。
なんにしても良かった。
施工承諾書の依頼主欄に記入してもらい、
作業は直近の日曜日ということで了解をもらった。
春先と言えどまだ日は短い。
夕方の5時くらいだったか、班長の待つ車まで急いで戻り、契約したことを伝え、
そのまま他の班員と合流してその日は帰社した。
車に戻る途中、さっきの娘さんの友達だろうか、2人で乗った軽自動車で向かいから近づきすれ違った。
周囲が薄暗くなっていて、すれ違う瞬間に
「あっ」と気づいたボクにニコニコしながら手を振ってくれていた。
何とも、表現の難しいけど、
とにかく身体の一番深いところから喜びが込み上げてくるような感覚だった。
日曜日、あんまり余裕をもって午後なんかに行くと彼女が出掛けてしまうかもしれないと、
前日に確認の電話として時間も午前中にということにした。
日曜日当日、朝9時か10時くらいだったと思う。
苦手な無愛想なお父さんは出掛けていて、
インターフォンを押すと奥から神様の声がした。
予め、床下の点検をサービスすると話していたので、お母さんは床下収納庫を空けて待っていてくれた。
お母さんはなんとなく含みのある笑みを見せながらボクを迎えてくれて、
ボクは不思議に感じながら、点検用の作業服に着替えると床下に潜り込んだ。
ひと通り点検、掃除を終えて床下から頭を出すと、テーブルの横で椅子に座ってお母さんが「ご苦労さま」と声をかけてくれた。
点検時間はだいたい20〜30分、彼女の存在が確認できず、まだ寝てるかな?と思いながら作業服を着替えていると、
さっきの含み笑いのままお母さんがボクに、
「今日あの子いないのよ、残念ね(笑)」
神様はボクの心の中までお見透しだったか、彼女の留守をボクに告げたあと、
「また電話していらっしゃい」と。
どうやらボクの淡い恋心は神様にはお見透しのようだった。
にしても、展開が嬉しすぎる。
メッチャ美人の彼女と僅かながらも仲良くなれて、
そのお母さんとも軽い冗談交じりの会話ができて、
次回のお楽しみチャンスまで与えられた。
ただ、今日の仕事が終われば次回のために連絡する会話のネタがない。
きっかけはお母さんがくれたものの、
次の電話で何を話そうか………
出たとこ勝負だったけど、ボクの素直な気持ちが通じたのだから、とりあえず次もカッコつけないで素直に話してみようと思った。
なるようにしかならないのは解ってるけれど、良いもダメも、やってみないと解らない。
その過程で、その延長線上で、今ボクにとって嬉しい展開になっている。
ダメでも伝えたいことだけはちゃんと伝えよう。
そう思って数日後に電話した。
当時はまだ携帯電話などない。
ポケットベルはあったけど会話は当然できない。
家に電話するしか方法はないんだけど、
お父さんとか本人以外の人が出たら、何を話そうか、とか考えながらも、
なるようにしかならない。と。
