日々是好日 23 | 風丸の駄文

風丸の駄文

いろいろと駄文を重ねてます。
たまにボクの邪魔をする人がここに現れます。
ご容赦ください。




先日の金曜日、

5月29日をもって、私、風丸は、

58歳になりました。


あと2年もすれば還暦を迎えるなどと考えると、

我ながらよくここまで無事に生きながらえてきたなぁ、と感心します。


その日暮らしを続けながら、

今日こそは、明日こそは、

歳をとるたびに、

今年こそは、来年こそは、

と、最初のうちだけ意気込んでは、

数日後には意気消沈してしまうような、
山あり谷ありの波乱万丈なこれまででしたが、

ここ1年、2年前あたりから、

人生の捉え方みたいなものが変わったのか、

意気込んだり、虚勢を張ったり、

そんなことが少しずつなくなり、

その日、その日を着実に過ごすようになってきました。


それは決して惰性で生きてるのとは違って

先を見るより、今を見ることのほうへ、

気持ちをシフトしたからのように、

自分では解釈してます。


無常にも、時間は止まることなく流れて行くのだから、誰しも未来を想定しながら生きることは、当然だとは思うんだけど、

未来にばかり焦点をあて過ぎていては、

今現状へのピントがズレて、ぼやけてしまうのでは?と思い始めたから、

未来を確定的なまでに焦点を当てるのではなくて、ややぼんやり程度の未来を見つめながら、今、その時をクッキリ明確に生きよう。

そう思ったんです。

そんな感覚で生活していたら、

次第に物事が納まりの良いパズルのように、

いろんな位置から当てはまるようになってきて、

それこそ今目線でいながらに、未来までクッキリしてくる、そんな感覚になってます。


これまでの人生で、

あの時のあの仕事は無駄だった、とか、

あれはやっても何も意味がなかった、とか、

そんな無駄と思えていたことさえも、ピースのひとつとしてハマり始めたような気がしてます。

その時、その場面ではそんなことには気づかないのは当然だけど、

今、ようやく

そういうことか!

と、そんな感覚です。

必死になることなく、誰かに委ねるでもなく、

正しいと思うことを淡々とこなせば、

そうなるのかな、と過去を振り返る58歳の誕生日でした。

賑やかさとか、派手さとか、

高級なものとかにも興味が薄れ、

今は自分が欲するものを素直に受け入れるようにしてます。


久々のカツオの刺身。
ボクはニンニク醤油派です。