このところ余生についてを考えるようになった。
別に医者から余命を宣告されたワケじゃないけど、
自分にも当たり前に肉体が尽きる日がくると、現実的に考えるようになった、
そう言ったほうが判りやすいかも知れない。
つい数年前までは、見えない未来に向かって、ひたすら自分探しをしていた感覚とは違って、
いずれ必ず来る"その日"のほうから自分を見つめる、そんな感じ。
どうも、そうすることによって世の中の見え方や、本当に自分がやりたい事の優先順位が浮き彫りのように鮮明になってくるような気がしてる。
道徳、調和、モラル。
そういったものを、とりあえずひと通りは常識的に踏まえてる(はず)と仮定して、
あとは自分の思い通りに生きる術を磨く時期が今なような、そんな思いがある。
必要以上に過去を悔いても、
必要以上に未来ばかりを創造しても、
結局「今」が充実していなければ、
過去はくすんだままだし、
未来の安心も不安なだけ。
安心できる未来を担保したい気持ちはボクでもある。
でも、そこに比重を置きすぎて今がおろそかになればなるほど、
未来の安心は遠のくか、
違った形のものになってしまわないか、
そんなふうに思う。
ずっと足元が不安定な今のまま、
未来を築いても不安定さは補えない。
そんな気がする。