戦争と聞くと多くの人は、
銃撃だとか爆撃だとか
敵対国を破壊することを想像するんじゃないか、と思う。
メディアによる他国の紛争状況が放映されたり、
軍事増税で武器や戦闘機を購入した話しを聞いたりすると、
余計にそういった想像は深まるとも思う。
過去には現実に原爆を落とされた国であれば、なおさらそういった軍事攻撃が戦争であると認識することだろう。
ちょっと考えてみたい。
例えば、自分が欲しいモノを他人が持っていて、それがどうしても欲しいなら、
いきなり略奪を計画する前に一度交渉するという判断をしないだろうか?
仮に無理矢理奪うようなことをして、その欲しいモノが破損してしまっては本末転倒だし、後々遺恨も残る。
欲しいモノが何であれ、現状の綺麗な状態で手に入れたいと思うのが普通ではないだろうか?
そうなると、武力行使は最終手段と考えるのが妥当で、
これが国同士の話しになっても同じことではないか、とボクは考える。
要は、欲しいモノを持つ相手国に対して、いきなり軍事攻撃などすれば、周辺他国の反発も当然あるだろうし、ヘタをすれば欲しいモノを破壊してしまう事だって考えられる。
相手国そのものが欲しいとなれば、軍事攻撃で目茶苦茶にした国を略奪したところで、復興させなくてはならなくなるのは攻撃した側になる。
そう考えると、突然の軍事攻撃はメリットよりもデメリットのほうが大きく、
今風に言うところのコスパもよろしくない。
じゃあどうするか?
ボクは「知力・財力・武力」が三大力と考えているので、武力を除いた知力と財力でどうにかするのが順当だと思う。
スパイ工作、洗脳、フェイクニュース、刷り込み、情報操作………これらが知力。
企業買収、統合、株操作、裏金、スポンサー活動、キックバック………これらが財力。
このような力をふんだんに使えば、人としてやってはいけないことであってもやらざるを得ない状況に流されて一般人であっても無自覚のままやってしまう方向に進められると思う。
そして本来なら、人としてあってはならない行為と解りながらも、自分で決断させられ、動かされてしまう。
今の時代にマッチした戦争という言い方が適切かどうかは分らないが、
戦争=武力行使と想像してしまうのは、ボクからすればナンセンスで早合点だと思う。
所得が上がらなくても今が生きられてるから大丈夫。
税金が上がっても今なんとかやれてるから、まだ大丈夫。
個人情報が漏洩しても、自分は悪い事なんてしてないから大丈夫。
周りと同じ水準で生きられてるから大丈夫。
最悪の場合は国や政府が対応するから大丈夫。
まだ大丈夫、誰かがなんとかする、自分は関係ない、って楽観視している間に、
国内の情勢がどんどん悪くなっている事に気付きませんか?
所得が増えないのに物価が上がれば、生活が苦しくなるという現実が、じわりじわり少しづつだったら気付きませんか?
政治は自分とは関係ない、分らない、で、税金上げてるのは誰ですか?
企業の売り上げが伸びても給料が上がらないのは何故ですか?
震災、災害が起きてもなかなか復興が進まないのは?
国民が困窮してるのに、海外支援ばかりするのは誰?
海外支援する金はもともと誰の金?
国内の奨学金制度には利子がついて返済させられるけど、外国人留学生には無償って?
ワクチン強制ではないって言いながら圧力かけて接種させたのは誰?
マイナカードは強制ではないって言いながら、保険証廃止、運転免許に紐づけって、強制にはならない?
正直言って政治が悪い!
ただ、こんな腐敗政治も先の知力と財力による侵略が進んでいるに他ならないってことではないかと思うのだけど。
ボクが物事を俯瞰視するようになったのは、こういった大きな枠組みから物事を見たほうが腑に落ちることが多いからです。
そして、そういう見方、考え方をしないと、物事の本質は分らないと思ったからです。
自分のことに一生懸命なのは大切ですが、周囲を見直してみる余裕も時には必要ではないか、と思う次第です。