まずはボクの私見から…
まだマスクして外出している人が大勢いるけど、テレビやラジオの報道以外でコロナについてちゃんと調べた人は何人いるんだろう?
まあ、これだけ政府による情報統制によって、"コロナ"、"マスク"と報道されれば、疑うこともせずにそれに従ってしまう心理も頭から否定はできないが、
無料の垂れ流し情報よりも、有料の専門情報のほうが、信憑性から言えば後者のほうが信じられるべき内容ではないかと思うのだが…
まさか、自分だけ無料の情報からこっそり正しい情報を入手して得をした気分にでもなっている人がいるとしたら、ボクに言わせればもう、かける言葉すらない。
マスク着用についても同じことが言える。
中にはマスクなんてしなくても、もしかしたら大丈夫じゃないの?と疑問を持ち始めている人もいると思う。
しかし、今マスクをしないで外出すると非難の目に晒されるかもしれないとか、悪いことをしているという罪悪感が先に立つ人も多分にいるような気がする。
これこそ群衆心理、大衆洗脳の成せる技で、国や町や地域というコミュニティの中で生活するうえで、自分だけ間違った認識を持つと仲間外れにされるという防衛本能が洗脳を加速させる。
先日、面白い洗脳についての話しを聞いた。
カルトとされる宗教団体が時々駅前や人通りの多い街中で、チラシを持って布教活動をしている姿を目にすることがあるが、あの活動で実際に入信する人は、ほとんどいないと言う。
団体はそれを承知で活動させているとも。
では、なぜそんな無意味ともとれる活動をするのか…
活動している信者本人は一生懸命に正しい布教活動をして、ひとりでも多くの入信者や同志を得ようとするが、多勢に無勢。
カルトではなく真理に基づいた団体の活動であっても街中で共鳴、入信する人はいない。
当然、活動する信者の人は一日中頑張っても自分の話しが解ってもらえないばかりか、聞いてももらえない結果に精神的に落ち込む結果となる。
そんな中で、数少ない信者(一緒に活動した仲間)が優しい言葉と共に励まされると、解ってくれる人は仲間しかいないという心境になり、ますます信仰熱心になる。
団体の良し悪しは置いておいて、団体の結束力はここで強くなるというのが、団体の狙いだという。
このように洗脳とは、単純に押さえつけるような言葉や態度で接してもできるものではなく、自分以外の人に迷惑がかかる、とか、身近に理解者がいる、とか、自分だけじゃない、とか、いわゆる人間性、人の良さに漬け込む形でされてゆくのです。
そこにちょっとした歪んだ情報を織り込むと全てが間違った方向へと洗脳されていくのが、大衆洗脳のからくりです。
自分が少数派の認識だから、声をあげづらいと考えて黙っているしかない、と思わせるのも、洗脳の一環です。
情報の核たる部分に信憑性がなければ、自信を持って他人に話せない、だからかもしれないとかそう言ってたとかいう曖昧表現が飛び火する。
それも狙いです。
絶対の情報は無料の垂れ流し情報の中には絶対ありません。
有料の情報でも100%の絶対ではなくとも有料であるがための調査やソースがあるので無料の垂れ流し情報よりは信憑性は増します。
テレビやラジオの報道をよ~く聞いていると、後の責任追求を逃れるために微妙なところで曖昧表現をしているところに気づきます。
本気で自分や身内を想うなら、曖昧情報を曖昧に信じない、伝えないのが重要ではないだろうか?
責任追求されると、言い逃れや他人任せ、責任転嫁して場をやり過ごすようであれば、どこかの国の政治家となんら変わらないんじゃないだろうか?
