「砂の城が崩れる」

 

と書いた。

 

今までの人生?というほど大仰ではないが結婚してから11回、、の引っ越し、、、か。

 

若い頃はなんとも思わなかった。

あまり考えずにすべて済んでいた。

 

最初の数回は両親に手伝ってもらい・あとは全部自分たちの手で終わらせた。

 

どこかに行く不安よりも新しい土地での新しい暮らしに気持ちは向かった。

見送ってくれる友人が涙してくれるとそれだけ自分が大切に思われるようで、

それが実感できて嬉しかった。なんなら別れのさみしさを上回るくらいに。

 

家族がいれば、時には子がいるだけで十分で

親やきょうだいや友人がそばにいなくても平気だった。

 

新潟に長く住んで仕事もして土地に根付くようになると少し変わってきた。

自分の人間関係ができて、それが大切に思えるようになった。

(今思えばそれまでの人間関係は自分ひとりの関係というよりも、家族を通しての・特に子の関係で繋がることが多かったのだろう)

 

 

新潟には10年以上居たから結構きっちりとした頑丈なお城を作ったと思えた。

ま、砂は砂だったけど日本海のしっかりきっちりとした硬い砂のお城であったよ。

 

 

子が巣立ち、自分で選んだ仕事に自分で選んだ趣味。自分で選んだ友人。

 

それに連れ引っ越しの「イヤダ」が少しづつ増していって

そこが好きなほどその気持ちは強いから「モノスゴクイヤダ」になって

身体とココロの症状となる。

 

しかし次の場所がまた好きになることも多いからしばらくすると適応するが

次も好きになればなるほどまた離れがたいから「イヤダ」からの「モノスゴクイヤダ」

 

もちろん離れることによってホッとすることもある。耳鳴りに悩まされたK市から富山に行ったときは心底ホッとしたものだ。

(ホッとしたのも束の間。見ないで入った古いアパートで最初はどん底に落とされた。それまではマンションだったからアパート、、、とも思った、。でも壊れたエアコンやガス台や網戸や換気扇を新品に交換してもらえてすぐに快適な暮らしになったのは幸い。てか入る前から壊れてる、ってどゆこと)

 

わたしも歳を取り・・・老人になったとは別の次元で、移動する体力と気力が衰えてきた。

単純に言えばもうあまり動きたくなくなった。

 

富山でわたしが作ったお城もこじんまりした美しい城だった。たくさん観光ができて北陸は好き。

 

 そこから次はどこになるのか?ちょっとだけ期待した。

福島でなければどこでもいいや〜。

 

福島になった。☻

しかし郡山でないだけマシか。(すでにK市じゃなくなってる^ ^)

 

いわきは田舎だけれどきれいなアパートで、いやお城で、家に、いや城に(どーでもいいか)入るたびに新築の匂いがする。

 

城下を見渡せば荒地ではあるが

荒地を越して行く別邸のジム城🏯は最高だった。

 

ここの人間関係が特に最高である。

わたし個人で過ごせるジムははかけがえのない場所になった。

離れる前提であったから嘘や誤魔かしのない関係を築けて、そこに集う人は仲間になって友人になった。

 

どれもこれもすっと離れて上から見下ろせば『色即是空空即是色』

 

わたしの作ったこじんまりした関係は誰かに壊されはしないけれど風や雨でたぶん風化して忘れられる。。。

 

今はそれがただただ切ない。

 

これも少し上から俯瞰すれば。

 

城を作った事実は変わらなくて。

わたしのようにちぃちゃな城をたくさん作る人もいれば。

大きな城をどーんと作る人もいて。

でもどちらもいつか風化して歴史に埋もれるからどちらにしても同じことかもしれないかぁ。

 

と。

何度も何度も言葉と例えを変えて今は足掻いているところであるわけよ。

 

混乱しつつも。

いつか混乱はおさまるから。

 

いつか、、てよりも来月になればもう動き出さねばならずさらに翌月はきっともう違う暮らしになっている。

次が終の住処ではなく(まだ続くんかーい)

 

今年はきっとわたしの人生史上でももっとも激しい一年になる予定。。。

乗り越える自信はまったくないから波に漂いつついつのまにか素敵な島に辿り着いていることを祈り望むのみ。。。

 

ま、できれば自力で泳ぐのでなくて船に乗っていたいものね。。。^ ^

 

 

 

ブログはとても書ける心境にないと思っていたが

こゆことならいくらでも書ける。

明日は郡山の不動産屋に行ってきます。(イヤだけど)

早め早めに動かないと内覧もできないままの引っ越しになる。