作り手の顔
発想やら作るやら
クリエイターやら
そんな言葉がやたら最近
頭にチラつく。
ふと気がついたが、グラフィックなど
といったクリエイター像から、
料理がやたらうまいとか、
新しい農業をやってるとか、
エネルギーを自分でつくちゃえ的な、
生きる事や生活にまつわる物を
直接うみだしている人が
自分の中でのクリエイター像に
変わってきている。
これだけ、世界が大きくなって
情報だらけになると、
カラクリが透けてみえる事も多く、
名前や見た目だけ立派でも、
そこに何が入ってて、
どこで誰がつくったか
わからない効率化、
合理化した戦略ばかりの物や
責任が埋もれてしまうほどの
大きな企業にどこへ流れていって
しまうかわからないお金を
使うよりか、応援したい企業や
自分がオススメできる物、
仲間の仕事、
地元の畑で育った米や野菜、
地元の魚、地元の素材を使う店や
友達の店で
作った物に出来るだけお金を
使おうと思う。
そうすれば、そのお金は自分の住む国や地域、
そして、地元でまわり、
自分にちゃんと戻ってくるし、
そこで使ったそのお金は
その金額以上の使い方が出来る。
めぐり巡って戻ってくる、繋がりある
大気や海水など自然環境へ配慮するのと
同じように、
お金を使う事はこれから先に投資する事だし、
ゆくゆくは自分の生活にまわってくる、
自分への投資だったり、
その人やその企業への一票だと
自覚しないとなぁーと
改めて考えた。
そうすると、いま、
作り手の顔がみえる事が、
とても大事で貴重な価値になって
きたんじゃないかななんて思う。
クリエイターやら
そんな言葉がやたら最近
頭にチラつく。
ふと気がついたが、グラフィックなど
といったクリエイター像から、
料理がやたらうまいとか、
新しい農業をやってるとか、
エネルギーを自分でつくちゃえ的な、
生きる事や生活にまつわる物を
直接うみだしている人が
自分の中でのクリエイター像に
変わってきている。
これだけ、世界が大きくなって
情報だらけになると、
カラクリが透けてみえる事も多く、
名前や見た目だけ立派でも、
そこに何が入ってて、
どこで誰がつくったか
わからない効率化、
合理化した戦略ばかりの物や
責任が埋もれてしまうほどの
大きな企業にどこへ流れていって
しまうかわからないお金を
使うよりか、応援したい企業や
自分がオススメできる物、
仲間の仕事、
地元の畑で育った米や野菜、
地元の魚、地元の素材を使う店や
友達の店で
作った物に出来るだけお金を
使おうと思う。
そうすれば、そのお金は自分の住む国や地域、
そして、地元でまわり、
自分にちゃんと戻ってくるし、
そこで使ったそのお金は
その金額以上の使い方が出来る。
めぐり巡って戻ってくる、繋がりある
大気や海水など自然環境へ配慮するのと
同じように、
お金を使う事はこれから先に投資する事だし、
ゆくゆくは自分の生活にまわってくる、
自分への投資だったり、
その人やその企業への一票だと
自覚しないとなぁーと
改めて考えた。
そうすると、いま、
作り手の顔がみえる事が、
とても大事で貴重な価値になって
きたんじゃないかななんて思う。