お御堂に音が響くことはほとんどありません。


どこまでもしずかなものです。


修道院の庭の外は学園の庭につながっていて、ともに自由に行き来できます。


一度だけここが大音響に満ちたことがあって、それは英語教材のダビングのときでした。


ここからどこまでもお話がひろがっていきます。


はじまりはじまり。

つき の せんじゅうみん である うさぎくんは、こういいました。

「これは、ひとりのにんげんのいっぽだが、ウサギのいっぽよりはおおきい。」


このひろいうちゅうのあちこちで、だれかがいるとうちゅうどけいにとけいをあわせます。いつでもどこででもあわせることができます。けれどもうちゅうどけいは、だれもいないところもとんでいきます。むかし、だれもいなかったときにうちゅうどけいはあったのでしょうか?わたしたちは、いちおううちゅうができたときからうちゅうどけいがあったとかんがえます。では、そのまえはあるのでしょうか?うちゅうがないので、うちゅうのためのとけいはなかったとかんがえます。うさぎくんもカメくんもこうさぎもいないので、つまらない。もうおわりにしましょう。(ばんがいへんのおわり)