秋月禅学の記述には、「死」に関してのものがあって、「死」よりあとには何もない、と説きます。


この思考の徹底は禅にあっては真理です。


そして、私たちは、そうではない判断を、たとえばキリスト教の世界でかかえています。


人は自らの立場において、選択することもでき、その選択を無視することもできる存在です。