生の深淵(その3)ところで、この議論は一度外に持ち出してやったことがあります。 すると、キリスト教の前提のない日本の風土の中での感覚では「生の深淵」の深淵は「悟り」だの精神世界での到達領域の話に傾斜するのです。 一般の人間の生と死という地に足のついた話から始めないといけませんね。