10年ほど前、無限の深みを持つ深淵にむかって投げ込まれる言葉について、解説を求められました。


大抵、心理学が流行している今日においては、このことは深層心理と対応させられます。


そこで、そういうことに関して見解を述べてもお茶はにごせたのですが、それではよくないので、「保留」と呈示しました。



小林秀雄氏がベルクソン研究をやっていて、最も困難だったのは、「宗教」と表示してベルクソンがその言葉に意味させている内容は、十分にカトリック世界の信仰の実態を踏まえていることだった点です。


また、フランスの象徴主義の伝統―――ランボーに代表させましょうか―――は、「宗教」に関してはベルクソンの説く「宗教」と同等のものを基盤に保持していました。


したがって、小林氏は、本当は、ベルクソン論より前に、氏がそのときまでに提出したランボー論の見直しをすべきだったと、私は思うのです。このボタンの掛け違いは、のちのちにまで影響します。