母校の小学校脇にあった踏切跡、半世紀前の記憶が甦ってきた。

 

 

 

 

 

木造の無人駅だった頃の榴ヶ岡駅横の踏切、仙台駅まで片道10円だった。

 

 

数万回は渡った東十番丁踏切は広い通りの下に埋もれてしまったようだ。

 

当時の家はファミリーマート辺りだと思っていたが、100メートル程西だった様。

 

今回の探索はこちらのブログを参考にしました。ありがとうございます。