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Sunset Sitges Rugby

スペインのシッチェスでラグビーをして、スペイン、シッチェス、そしてラグビーの素晴らしさを伝えたいと思っています。

 本日、二回目のワクチン注射を受けてきました。シッチェスの病院は我が家から徒歩5分ぐらいのところにあります。シッチェス自体小さな町ですので、主要な施設には歩いていけますが。

 数日前、病院から確認の電話があり、午後3時に来るようにとのことで、3時きっかりに病院に入り、部屋の前で待っていると、おばあちゃんが4人ほど注射を終えて腕を押さえながらできました。呼ばれて中に入ると、私一人で注射はすぐ終わりました。

 病院の外へ出ると待合室になっているテントの中に5−6人のおばあちゃんが待っていました。あまりにあっけなく終わってしまったので、びっくりしました。

 

 私のラグビーの京都の同期の友人がワクチンの受付開始日に電話3台、PC,タブレットを並べて朝9時からスタートしましたが、全くつながらず、16時45分につながったそうですが、「本日の受付は終了」とのことでした。

 ネットでは海外でアジア人差別の報道が見られるようになりましたが、スペインに来て17年ほどになりますが、嫌な思いはしたことはありません。特にシッチェスは小さな町で、私が日本人であることは多くの人が知っているせいもあるかもしれません。スペインは日本人贔屓が多いみたいです。

 本当に、スペイン、シッチェスに来て良かったと思っています。

 2013年5月5日のシッチェスのパリッシュ教会前のビーチです。

 小さなヨットハーバーもあります。チーチの様子はこちらをクリックしてください。

 3月31日に定期検診の結果、レントゲンで肺に少し影があり、血圧が少し高く、コロナ禍のスペインで、ひっそりとしたバルセロナへ15日に再検査に行きました。

 

 吸盤のついたコードを上半身に貼り付けて、ランニングマシンの上を歩くのですが、モニターを見ながら若い医者が、徐々にスピードを上げていきます。走るほどではないのですが、最後は結構なスピードで、10分以上は続いた、と思ったのですが、検査結果のデータ見ると、計測時間は7分30秒となっていました。

 

 モニターを見ながら、スピードの調整をしていたみたいですが、多分あまり変化がなかったので、スピードをどんどん上げたのではと、推測しています。私は普段から顔が歳よりはだいぶ若く見られるのですが、ほぼ毎日、フィットネスは十分過ぎるぐらいしているので、上半身を脱ぐと、さらに若く見られます。

 

       74歳の時の私です。 左から3人目です。

 タッチラグビーのカタルニア大会で準優勝した時です

 

 KN95の高機能マスクをしていたので、呼吸が苦しかったのと、結構なスピードだったので、75歳の人の検査としては非常にハードなものに感じました。私はラグビーをするために、毎日全力疾走もしていたので、なんともなかったのですが、普通の75歳の人だったら、途中で倒れてしまうのでは、と思いました。

 

 検査が終わってから、私の歳を聞かれ、75歳と答えるとびっくりしていた様子でした。「最初に歳ぐらい調べてからランニングマシンを動かせよ」と思いました。

 

 診断結果は血圧が少し高いとのことでした。私は若い頃から血圧が高く、心臓も少し異常だと思っていました。高校1年生の時、友人から呼吸の仕方がおかしいと言われ、病院で検査してもらったところ、心臓弁膜症だと言われて、一時ラグビーの練習をやめたのですが、一生運動もできないのは嫌だったので、プレーを再開したのですが、なんともありませんでした。

 

 多分、ラグビーは全力疾走、少し休み、全力疾走の繰り返しです。全力疾走の数十秒は、呼吸をしないので、日常生活でも数十秒は無呼吸、そして、思い切り吐き出し、また数十秒は無呼吸を無意識に繰り返しているのため、と思います。

 この呼吸方法に体が慣れてしまっているので、練習前のゆっくりとグランドを2周ほどするだけで、もう息が切れて、歩いてしまうのに、練習が本格的になり、全力疾走が加わると、息切れもせず、走るスピードもあまり落ちません。

 

 本当に変な体です。

 

私はラグビーをして本当に良かったと思っています。ラグビーをしていなければ、私の人生はまったく別のものになっていたと思っています。多分悪い方に変わっていたか、まったくつまらない人生を送っていたと思います。

 

 まず、ラグビーのお陰で、たくさんの信頼できる友を得ることができました。私はどちらかと言うと非常に無口なタイプで、あまり自分から話すことはないので、友人のできにくい平凡は男だと思います。しかし、ラグビーをしたおかげで、こんな私でも皆親しくしてくれて、お互い信頼しあって付き合うことができました。

 

 75歳、後期高齢者を過ぎ、コロナ禍でいつ終わりを迎えるか分からない去年、ラグビーの良さやスペインの良さを書き残したいと思い立ち、ブログを始めました。

 

 まず、私に最も影響を与えたお二人、星名秦先生、岡仁詩先生について書いていますが、他にたくさんの方から私はいろいろな考え方を教えていただきました。そのような方についても書いていこうと思います。

 

 まずは一緒にエーコンクラブで一緒にコンビを組んだ、早稲田GW(同好会)の大井さんです。同好会出身とは思えない、しっかりした体と体を張ったプレーに一緒にゲームを楽しませてもらったし、大井さんがベルギーに駐在していた頃、初めてのヨーロッパ一人旅でいろいろお世話になりました。

 大井さんのラグビーに対する考え方は非常に素晴らしいものがあります。ぜひ、ブログ(現在はもう更新されておられないようですが)を読んでみてください。

 

まずは「ラグビーは二つ目のパスポート」です。クリックしてください。

 

4日ほど前、シッチェスの病院から電話があり、コロナのワクチン注射の希望日を聞かれました。13日と答えると、15時45分と指定があり、本日、注射に行ってきました。

 妻のはるみの方が先にSNSで予約の連絡があったのですが、場所が遠くて、近くの場所が出るまで待っていたら、隣町で注射を打てることになり、16日に行くことにしたそうです。結果的には私の方が早く注射を打てることになりました。

 

 予約の時間の5分ほど前に、シッチェスの病院に行くと、病院の入り口の前にテントが張ってあり、臨時の待合室があり、そこでお年寄りが3人待っていたので、聞いたら、「ここで待っていたら順番が来たら呼んでくれる」と言われ、一緒に待っていました。

 

 5分も待たないうちに呼ばれて、中に入りました。中にはすでに注射を終えた人が3人ほどいて、私たち3人もその部屋で待っていると、名前を呼ばれて、本人確認をすると、片っ端から注射を始めました。

 

 注射の準備をしている間に、次回の注射の日程が書いた紙を渡されました。「ワクチンはどこの会社?」と聞くと「ファイザー」とのことでした。コロナワクチンの注射は痛いと聞いていたのですが、全く痛みは感じませんでした。

 注射が終わるとすぐ帰って構わないとのことで、30分ほど様子を見るのかと思っていたのですが、びっくりするほどあっけなく終わってしまいました。

 

 3月31日にバルセロナ病院で定期検診をしたのですが、いくつか再検査の必要が出てきたのですが、これらの結果もシッチェスの公的病院の主治医の女医さんに資料を送って一括管理してもらっています。日本よりはるかに進んでいると感じています。

我が家から見るシッチェスの全景 

 スペインに移住して本当に良かったと思っています。

 街も海もきれいで、シッチェスは最高です。

1、シッチェスはこんな街です。

バルセロナの南西35キロ、バルセロナ サンツ駅からRenfe(スペインの国鉄)で約40分位です。バルセロナ空港がバルセロナとシッチェスの中間に位置するので、空港からは車で20分ぐらいでシッチェスの中心街まで来ます。 緯度にすると青森、弘前と同じぐらいですが気候は冬は寒いものの雪が降るほどではありません。 夏は暑いのですがあまり湿気がないので日陰は非常に涼しく、ほとんどの家にクーラーはありません。3月ぐらいからもうビーチには日光浴、または泳いでいる人がいます。

バルセロナのブルジョア階級の別荘地として発展、芸術家たちの援助を行ったので、多くの芸術家が住んでいるそうです。。人口は通常は23,000人くらいとのことですが、夏は倍近くになります。日本で言うと横浜に隣接している逗子のイメージです。

 

シッチェスのシンボルとなっているパリッシュ教会が岬の先端にあり、教会から山側に広がるように旧市街があり、美術館や古い建物、石畳の路地などが散在します。パリッシュ教会から地中海に向かって左側に1キロ、ビーチや入り江があり、ヌーディストも見受けられます。右側に3キロほどビーチと遊歩道が連なります。突堤でしきられたビーチが連なりほとんどが細かな白い砂でゲイビーチもあります。

シッチェスはこんな街です。_a0223725_401211.jpg