このブログ、我ながら呆れるほど、無鉄砲で勢いで綴っている。

だいたい毎回といっていいほど、あとで「あちゃー」と、勢いでの投稿を後悔する時間があるけど、そのうち「まぁいいか」と放置。

それは、本意が分かる唯一の人間として、私に対して理解を示しての放置。

そして、公開とはいえ一個人のフィールドでの自由に甘えての放置。

 

ただ、前回の投稿はいただけない。

オペラを観劇して、軽く感想を綴るつもりだったのに、なんでこんなことになったかなぁ…という結果のブログになっておりました。

削除は簡単だけど、ひっそりとやってるブログなのをいいことに、自分を見つめるために置いといてやろうと目論んで、ちょっとコマシに体裁は整えての今。

 

ささいな事に過剰反応して、自分の出来事とすり合わせてみる。

これは私特有の方向性ではあるけれど、観劇した「カルメン」の自由さから、自分の身におかれてる「これからの身の置き所」に発想が飛ぶあたり痛々しい(笑)

 

脳裏によぎったのが「ミッドナイトクライシス」

 

これは、心理学者たちが唱えた「40代、50代で迎える葛藤」であり、症状によっては治療も必要といえること。

昔でいうと、子育てを終えて子どもが巣立った時に親が陥りやすい「くもの巣症候群」もここに含まれる。

 

とにかく、一般的にいうと20代、30代より社会的責任も担っている。

また、会社のためとか、家族のためとか…当たり前と思って一生懸命生きてきた。

それに加えて、固定観念もしっかり築けた時期に入る一方で、子どもの自立、介護、健康、将来と考えることに現実味が帯びる年頃。

そんな中で、ふと立ち止まってしまった時に陥ってしまう、

 

ポッカリ穴が開いた気がする

無気力になる

不安になる

考えすぎてしまう

 

そんな心的症状と、それだけでなく

 

ちょうど更年期を迎えて、ただでさえ不安定な時・・・

身体にも以前とは違う症状が起こる

それを気にしてしまう

また、実際に生活に支障をきたす

それによる不安や落ち込み

 

それがミッドナイトクライシス

 

加齢とともに陥りやすい症状と言ってしまえばいいものを、きれいな名前をつけたもんだ(私感)と言いたいけれど、今回の「自由奔放なカルメンの思想」に影響受けて迷走する自分は

 

職場との価値観の違いでの転職

認知症の母親の介護

 

そんな中での今後の就職、人生の不安

年老いる自分を自覚するからこその将来への不安

降りかかる課題への葛藤

 

そういうのが蓄積してたんだろうな、と思える。

それが観劇の感想をきっかけに溢れ出てしまったなと苦笑い。

 

ただ、こうして客観的に自分を見つめられるのは、このブログの有難いこと。

 

そして、ポジティブだとか、いろいろ経験してきたからだとかで「大丈夫」と着地しようとしていた自分の不安定さも認めてやろうと、ここにきて思うのです。

 

ミッドナイトクライシス

心理学者は「中年の危機」と言うけど、直訳すると「真夜中の危機」

 

これは誰でもが、ある時期に大なり小なり直面する出来事と、それに伴う心身の変化であって

個人的には危機だとは思わない。

そして、真夜中ってことは、待っていれば自然と朝が来るってこと。

その場に執拗に立ち止まろうとせず、自分だけがと思わず、肩の力を抜いて自然の流れに任せてみるのもいいのかもしれない。

 

それでも、「しんどい」「どうしていいか分からない」と思う時は迷わず病院受診したり、信頼できる人に相談できればいいなと思う。

 

50代を生きていて思うのは、ただのオバサンとなっても程よく貪欲だし、未来への希望や期待も忘れていない。

それでも「足るを知る」や「身の丈」を考えたり、「健康が一番」と削ぎ落としに入る時期でもある。

 

それぞれが生きてきた軌跡を大切に、今を受け入れながら自然体で、今そして未来への謳歌に繋がればいいなと思う。

 

 

 

そう綴りつつ、

今被災され不安と悲しみの中で過ごされてる方々へ

救済に向け、先の復興に向け、尽力される方々へ

青空を仰ぎ、満月の月を見つめ、手を合わせ祈る。

 

本当は、筒がない毎日が続いていくこと、それが一番の願いだったと気づかされる。