ちょうど3年前の今頃、自宅で父の介護の真っ最中だった。

普段の3年ってあっという間のように思うのだけど、「3年前の介護」というのは遠い昔に感じる。

それは私にとって、もう絶対したくないという経験であって、あまりに非日常すぎたからに他ならない。

それでも同じ自宅で過ごしていると、ふと当時を思い出したり、父のことを偲ぶ時がある。

 

その一つが、日々のゴミ出しの時。

 

肝臓癌の父が手術を受け、5年経過すればひとまず安心という、その5年経過を目前に再発。

年齢的に手術は負担がかかるという判断で、新薬による治療を行うことになった。

「もう病院にかからずに過ごす」と言い切る父に、ダメ元で新薬を試そうと説得したのは私だった。

承諾した父が投薬、経過観察のため1週間の入院。

その入院で骨への転移が見つかる。

退院時は少し歩きにくいと言ったものの、骨の転移もあり、入院直後の筋肉の衰えもあるだろうということで、「これからは新薬を服薬しながら安静に過ごすように」と無事退院。

 

それが異常なほど日に日に歩けなくなり、数日後にはお風呂に自力で入れなくなる。

 

それまでの父は、約20年前に母がくも膜下出血で倒れてからずっと、家事のいくつかを担当してくれた。

特にゴミ出しはゴミ出しのカレンダーを見ながらいそいそとやってくれていた。

 

それでもお風呂の一件のあと「明日からはもういいから。私がするからお父さんは無理せず過ごして。」と言った翌早朝、

玄関で近所の人が名前を呼ぶ声で目覚めると、父が20メートル足らず先のごみ収集場で倒れてると伝えられた。

慌てて向かうと、我が家のごみを出し終えて動けなくなったようで、

意識はあるものの呼びかけてもしっかりと返事せず、うなだれる父。

近所の人と両サイドから担いで自宅に戻る。

その日は仕事も休み、私単独で病院に行き事情を説明すると「新薬は中止」が決まる。

後日の病院との話で、

結局は骨転移からの神経損傷が原因でこのままだと歩けなくなること、

早期手術で回復する可能性はあるが、年齢的にリスクがあることなどの説明を受け、ひと悶着もあるのだけど・・・

 

新薬はすぐに中止!となった段階で、父は「歩けなくなったのは新薬のせい」と思い込み、病院はもう信じないと言い出した。

 

それからは、母のケアマネが父の担当にもなり、歩けなくなっていく父の生活の環境を整えることが最優先。

いろんなことが毎日取り込まれ、いろんな人が家に出入りし、

私にとっても初めての出来事だらけで怒涛の日々だった。

 

その中で、ゴミ出しはもちろん私の仕事。

父が亡くなった後は特に、朝の澄み切った空気の中でのゴミ出しは感慨深い。

自然と収集場に向かう道は「父が最後に自分の足で通った道」と思い、帰り道は「父が自力で帰れなかった道」と思いながら歩いてしまう。

 

結局のところ、父の神経麻痺の原因は骨転移となっているけど、薬の影響の可能性はゼロではないまま。

そして、父はきっと「薬のせい」と思ったまま逝ったと思う。

良くなりたいという思いだけで入院したのに、退院直後に歩くことを奪われていった父の気持ちを思うと辛く、

そんな中で新薬を勧めた私に文句のひとつも言わなかったことは、仲は決して良くなく、距離を置いていた父親に対して一目おく出来事になった。

 

しなくていいって言ったのに、早朝にごみを出そうとした父のことを思う時、

自分の足で歩いてごみを出しに行く、その出来事は平穏にすごせることを感謝するかけがえのない時間であり、

清々しい反面、せつなくもなる朝のひと時になっている。

 

父が歩けなくなり、環境が変わった3年前の6月。

同じ季節の空気は私をちょっと感慨深くさせる。