父不在、母は認知症となった我が家で、居候的立ち位置だった私が急遽、長のような状況になる中、生活はおのずと変化した

 

その中でも驚いたのは、私が庭いじりが好きになったこと

まぁ庭というほど広い範囲ではなく、玄関のアプローチやプランタに花や野菜を植えて成長を楽しむ程度なのだけど

両親の息がかかっていたエリアが無法地帯になったのを機に、今は私の癒しの場所となっている

 

ただ、夏が過ぎた頃から急に植物たちが枯れ始めたエリアがあり、また隣に新居が建ち日陰になった場所に菊を植えてみたけど一向に咲かず枯れ始めるという、不穏な時期を迎えた

 

それならば!と日陰の菊の一つを一か八かで「枯れ始めエリア」へ、もう一つの菊を植木鉢へと移植

強いと聞いたマリーゴールドの苗を一つ買ってきて、これまた一か八か「枯れ始めエリア」に植えてみた

 

が…全く反応せず、

というか、咲いていたマリーゴールドまでも枯れ始めた

 

これから寒くなることだし、もういっかーとたまに肥料をあげながら放置して約一か月半

 

地植えの菊が咲き、マリーゴールドも小さいながらに花が咲いた

先日の休みには鉢の菊も咲いていた!

びっくり!

 

どれも見てくれは悪いのだけど、あの枯れてた子がここまで頑張ったと思うと拍手喝采もの

 

ここでお決まりの「置かれた場所で咲きなさい」のフレーズがよぎり、まさしくだと思いもしたのだけど

…いや待てよ、この子たちは置かれた場所では咲けなかった(だって環境が悪かったから)

それで移植して、土が悪いなりに肥料もらって、やっとこさ咲いたのだ

 

置かれた場所で咲こうと頑張ってみることは大事だし、美徳ではあるけれど

それでも無理なら咲ける場所を探すこと、場所を変えること

 

与える立場なら、環境を変えてあげること

 

それがせっかくある命の花を咲かせることに繋がるってことだなぁと

そんな視点に辿り着きました

 

一度枯れかけても、また復活する花の姿は、置かれた場所で咲こうとした姿そのもので

それはそれで感慨深いものでもあり

 

結局、「置かれた場所で咲く」という考え方の賛否までに考えるハメになり、めんどくさい私

 

ただ、これは今の職場に入社して、2ケ月、1年とその都度辞意を表明しつつ、「あと1年、仕事の区切りがつく時まで」と変な提案を受けてしまい、黙々と勤しんでいる自分をオーバーラップしてのことと自覚あり

 

どんなやり方が正解なんてないけど、

要はせっかっくの命、枯れないように

そして花を咲かせる方向に持っていってあげること

 

ゴールがそこなのは間違いないと思える

 

だから今回の、環境が悪いなりに頑張って咲いた花たちを見て元気になれる自分がいる