第二十二話 前編・それは豚じゃない | ONCE MAGIMAGI

第二十二話 前編・それは豚じゃない

暗闇。

風がないので、室内のようだ。

音が響く。

「逃げられた?」

人の発する音はそれだけだった。

よく分からない、何かキーキーとしか聞こえない複数の音がその人の言葉に反応する。

「そうか」

人は、その空間でただ一人だけの人は、静かに答える。

静寂が苦しい。

キーキーと音を発していた存在―――おそらく生物―――には、そう感じられた。

「くそっ」

人が感情を爆発させた。

同時にその人の周りの空間も爆発する。

キーキーと言っていた生物のいくらかは、その爆発により死んだ。

「僕自らが動くか」

靴音をたて、人はその場から立ち去る。

残された、言葉を話せない生物は、それでも人が分かるくらいに安堵した。


「ふう」

本日12回目のため息。

食事が美味しくない。

優希の朝は憂鬱から始まった。

「ゆーちゃん、最近元気がないねえ、大丈夫?」

「え、あ、うん。大丈夫」

と答えだけが大丈夫で、本人が全然大丈夫ではない。

明らかに明らかだ。

そしてもう一つ家族に明らかなのは、優希が太陽神の称号が取れなかったくらいで落ち込む人間ではないということ。

それは少々落ち込むかもしれないが、チャンスはまだある。

この落ち込み具合は、まるで思い焦がれる人に縁を切られたよう、つまり失恋のように母と姉には感じられた。

しかし、幼なじみの史奈子に聞いても思い当たる節がないという。

桜は何か知っている様子だったが、彼も聞き出せる状態ではなかった。

お盆も過ぎ夏休みも後半を切った頃合いである。

「ふう」

13回目。

そろそろ数えるのが面倒になる。

外は晴れていた。

「優希、少し外の空気を吸うのも悪くないとお母さんは思うな」

いつも通り振舞おうとする母。

「私も付き合おうか?」

いつもより、しおらしい姉。

優希に、母と姉の気遣いが感じられてしまった。

家にいても納まるものでなし、言葉どおりに優希は外に出た。

暑かった。

「決め台詞を考えよう」

なんとなく、なんとなく。

ニアとの約束。

ニアは…

涙はもう流し切っていた。

あの別れた日の夜に、現実に打ちやられ、現実に気づいてしまい、泣いた。

何かを恨むより、何かを悲しむより、悔しかった。

涙はもう出なかった。

「ふう」

何回目だっけ?

ふとそう考えたとき、頭を小突かれた。

いや違う。

なにかが、落ちてきて、優希の頭にストライクした。

卵だった。

「どこから」

空は青かった。

白に近い青。

鳥が飛んでいる様子もなく、まさか飛んでいる鳥が、飛んでいる最中に生んだわけでなし。

不思議に思いながらも、卵に意識を移す。

ひびが入っていた。

かけらが落ちた。

「うそ」

いきなり卵が全壊した。

中から、黄色い丸い物体が現れた。

「生まれ―――」

「死にてー」

黄色い丸い物体―――優希には豚に見えた―――の一言目だった。

「おう、アンチャン。さっそくで悪いが、おいちゃんを殺してくれ」

聞きなれない単語。

「おいちゃん?」

「おいちゃんは、おいちゃんだ」

豚は、短い手のようなもので自分を指す。

「君何?豚?」

「アンチャン、初対面でひどいな、おいちゃんはキー、いや鳥だ」

「生まれたばかりで、しかも鳥が日本語を?」

「生まれたばかりでも、子鹿は立ち上がる。それと一緒だ」

「……」

まあ本人が、そう言うなら、それで良いだろう。

優希の推測では、この鳥は魔法生物だった。

魔法生物。

魔法は意志によって、世界の法則を捻じ曲げるものだ。

その法則を捻じ曲げた先に、たまに生まれる生物がある。

それが魔法生物。

自然発生した生物ではないので、常識が通じない。

確かそう学校で習った。

この鳥も明らかに法則を捻じ曲げた生物。

つまり、魔法生物だ。

「―――で、本題に戻るが、おいちゃんを殺してくれんかのう?おいちゃんが生きていると、不都合な人間がたくさんおるでな」

「たくさん?」

漠然とした数に対した疑問だったが、答えは莫大だった。

「というか世界総人口、引く、一人くらいの人間」

「一人以外には君が生きていると不都合なの?」

「そうそう、物分かり良いなー、アンチャン。で殺してくれ」

「やだ」

優希にしては珍しい即答。

「アンチャン、後生やー、世界の命運が懸かっとるんやでー」

その一言が、優希の癇に障る

「世界は誰も殺しやしない!」

世界は誰かを殺して成り立つものではない。

そう言おうとした発言。

しかし、鳥は別の意味にとった。

「世界にはいない人の方が多い」

今まで、死んだ人間の数と、今生きている人の数では、死んだ人の方が多い。

「いない人がこれ以上増えたらアカンやろ?」

意味の食い違いが会話を不成立させ、言葉が分からなくなった。

優希のとっさに出た言葉は、

「君の意見はすべて却下する」

だった。

「殺生なー」

「とりあえず君は、学校で保護してもらう」

「学校?」

「大央部学園だ」

鳥は、学園の部活、第三魔研部で面倒を見てもらう。

そう考えていた。

「それは困る」

その言葉を発したのは優希ではなかった。

鳥でもない。

「あそこには、兄さんや父さんがいるからね」

男だった。

若い、というか幼い。

中学生ぐらいだろう。

「君は?」

笑顔だった。

いや、何か不自然だ。

笑顔が、崩れない。

普通の会話のはずなのに、不思議なくらい笑顔なのだ。

恵比須顔というか、地で笑顔なのだろう。

笑顔の少年が、答えた。

「その鳥、僕のものなんだ、返してくれる?」

返したくなかった。

渡したくなかった。

鳥も何か怯えている。

明らかに空気が言っていた。

こいつは、悪い人間だ。

「断る」

少年が肩をすくめる。

「断るなんて答え、聞きたくない」

いきなり、背後から腕をねじ上げられた。

背後に回られた?

痛みに耐えながら優希は思考する。

いや、少年は目の前にいる。

誰か仲間がいる?

それも違った。

背後には誰もいなかった。

誰もいないのに、腕がねじ上げられている。

「魔法?」

しかし、フィールドが、SSフィールドはおろか、DDSフィールドすら張られていない。

「??」

痛みに耐えながら、優希は思考する。

風のような透明になる魔法?

いや、だからフィールドが張られていないのだ。

魔法はあり得ない。

だがなぜ?

「あなたは考えている。魔法のはずがないのに、魔法が発動している。なぜ?」

「っ!!!」

「答えを知る必要は―――無い」

ねじ上げられた腕から投げられた。

地面に叩きつけられた。

「鳥はもらって行くね」

成す術もなかった。

体が地面に押さえつけられ、立ち上がれない。

もがいて、もがいたが、起き上った時には少年と鳥は消えていた。

「くそっ」

助けなきゃ、鳥を。

優希は学園に向かった。

先ほどの少年の言葉。

学園には、

「兄さんや父さんがいる―――」

父親がいるということは、おそらく教職員の子供。

兄もいるのなら範囲は大分絞り込める。

「ネガティブ鳥を―――」

誓う。

「―――助け出す!!!」


しかし学園は、それどころではなかった。

部室に行くと、史奈子と沙由理がハンドラジオを聞いていた。

「どうしたの?」

「ユウちゃん、大変なの」

その慌てっぷりは尋常ではなかった。

「この学園の校長の息子さんが」

「誘拐された?」

ぶんぶんと首を振る。

そしてその答えは沙由理の口から、ゆっくり告げられた。


「世界征服を宣言したのー」


突拍子すぎて、意味がすぐには分からなかった。

「世界征服―――?」


しかし彼はその宣言に足る実力を持ち合わせていた―――。


心配だよ…