運動会・ニア
今日は運動会だそうだ。
我らの世界にも似たようなものがないわけではないが、体を動かすという概念そのものがない。
せいぜい思考と意志の強さを測るだけのものだ。
そういうことが我らの世界―――我らの次元―――で動くということになる。
だから分からない。
体を動かしてなんのメリットがあるのだろう。
優希に聞いてみた。
「ニアみたいな思念体と違って、人間は体動かないと大変だしね」
続けて言う。
「なにより競うことが重要、自分とね」
自分と競ってどうする、自分は越えられない、と尋ねた。
「超えられるよ、昨日より今日、今日より明日、時間がたてばボク達は強くなる。もちろん怠惰ではだめ。越えようと毎日毎時間毎秒努力しないと、どんなことでも」
そして続けた。
「自分が進化したことを確かめるのは難しい。だから運動会みたいな舞台で確かめるんだ。自分の実力を。自分と競って勝てばおのずと結果はついてくる」
最後に付け足した。
「でもボクみたいな運動音痴は分かりづらいんだけどね。あー桜みたいに運動神経抜群ならいいのに」
最後の方が優希らしいと感じた。
だが言わない。
学校。
運動会は快晴だった。
ちなみに魔法は禁止だそうだ。私の出番はない。
優希の出る種目は順番にハードル、パン食い競争、100メートル走、そして午後から応援合戦に最終種目男女混合リレーだ。ついでにそのあとフォークダンスだそうだ。
優勝争いはクラス対抗らしい。
ついでに桜とかいう優希の親友も全く同じ種目に参加するらしい。
結果からいうと優希よりこの桜の方が面白かった。
だが………、あー、まあそれは最後だ。
「ユウちゃん、ががが頑張ろうね」
「うん」
ナデシコとのフォークダンスだけが正直楽しみ、そう優希が本音を漏らしていたのを聞き逃すほど私は甘くない。
ハードル。
優希はこけた。
それでも最下位はのがれた、が、ふむ、偉そうなことを言っていてその程度か。
桜は―――馬鹿だ。
ハードル全部倒して走った。
それでも一位。うむ?やるな。
次、桜は―――大馬鹿だ。
パン食い競争の前に桜は朝飯を食い忘れたとかのたまっていた。
だからか、自分と同じに走ったやつらのパン全部食いおった。
もちろん一番にパンに到着し、二番手が来る前に全部食ってしまったのは称賛に値するが、何というか、そう、あさましい。
優希は―――運が悪い。
パンにあたった。腹をこわした。
こちらもなんというか、運がない。
そんな中走った100メートル走はさすがに優希は最下位だった。
桜は―――超馬鹿だ。
走っている最中におでこの紫のハチマキがずり落ちた。丁度、目の前に―――つまり、目隠しになった。
もちろん前は見えない。
それでも桜は走った。
そして―――。
そして、客席に突っ込んだ。
客席はパニックだった。
さすがに桜もそこでそれに気づいて、ハチマキを投げ捨て走りなおした。
それでも一位。
どんだけ運動神経いいんだ。
そこで午前中のプログラムは終了した。
昼休憩から優希はダウンした。
だから応援合戦は保健室の窓から見ていた。
楽しそうだった。
みんな必死だった。
優希は少し落ち込んでいた。
この日のために頑張った。
応援の練習、いつも放課後にみんなでしていた。
優希はいなくても大して問題になる立場ではなかったが、それでも優希は必死だった。
必死に頑張って練習した。
だから、だから私は言った。
「私は、見ていた」
優希は静かに、応援合戦を―――活気あふれる応援合戦を―――静かに、静かに見ていた。
そして優希は静かに泣いた。
応援合戦を静かに見ながら。
なにがそんなに悲しいのか私には分からなかった。
ただ、一緒に保健室にいた保険委員長の女性は優しく優希の肩に手をかけてくれた。
何も言わなかったが、その優しさが辛くもあり、癒された。
それからしばらく優希は眠った。
リレーの順番が近くなって、優希は目覚めた。
その頃にはおなかの調子はだいぶ良くなっていたが、優希は苦しげだった。
保険委員長は状況を冷静に判断し告げた。
「中途半端に運動して中途半端に休んだから、軽い筋肉痛になったのね」
そのあとのつらい一言。
「リレーはあきらめなさい。あなたが出てもクラスの足手まといになるだけよ」
静寂。
迷い。
そして、優希は言う。
「それでも、それでもボクは―――」
「優希?」
「ニア、いいよね?」
私は、言った。
「優希の望みのままに」
言って、自分の言葉の重さを知る。
そうこれは―――これは世界にも言える。
もうどうでもいいのだ。
私にとってこの世界など―――ただ、
ただ優希の望む世界が見たい。
優希の望みが知りたい。
私は、優希を―――。
いや、いいんだ。
それは、望めない。
住んでいる世界が―――次元が―――違う。
言葉通りの意味だ。
私は、優希とともには―――歩めない―――。
これが哀しみか。
優希といると私はいろんな感情を知る。
喜び。
怒り。
哀しみ。
楽しさ。
そして―――いや、この感情はだめだ。
私は、持ってはならない。
この感情だけは。
世界が違うから。
愛という感情など―――。
「優希、大丈夫か?」
「大丈夫だよ、桜」
「……ん」
歓声が大きい。
点が入る最終種目だ。
おあつらえ向きにこのリレーで一位になれば優勝だ。
「こけてもいい、最後まで走れ、そしたらアンカーの俺が決める」
桜なりの優しさだろう。
だが優希は言う。
「最初はじゃんけんで決めたこの種目、乗り気じゃなかった。でも―――」
「でも?」
「勝つよ」
沈黙。
そして桜が笑った。
「ああ!」
決着がつく。
最終種目。
男女混合リレー。
スタート。
まずは、うちのクラスが一位だった。
危なげなく、一位で二人目へ。
ボクの順番は、六人目。
アンカーの一個前だ。
アンカーは桜。
勝ってくれるだろう。
だが、自分だって負けない。
何よりも自分に負けない。
筋肉痛は、思いの力で抑えつけていた。
ほとんど痛みは感じない。
緊張だけが自分を支配する。
「ダーリン、一緒な順番なのね」
「……火さん?」
声が上ずった。
「同学年だったの?」
「いやん、女性に年齢は禁物」
って学生の年齢は……(汗)
「こればっかりは優勝かかってる、負けないわよ」
「ボクも」
静かに闘志を燃やす。
火さん、知り合いと一緒に走るということは、プレッシャーでもあり、緊張をほぐしてくれるありがたいことでもあった。
そうこう言っているうちに、走者は四人目、うちは四位にまで落ちていた。
八人で走っているから、ちょうど順番は真ん中。
五人目にバトンが渡る。
速い。
一人追い抜き、二人目に追いつきそうになる。
内側から三番目。それがボクの立ち位置。
火さんは自分より二つ内側。一番だった。
緊張。
バトンの受け渡しもさんざ練習した。
大丈夫。
勝つ!
火さんが走る。
次はボク。
五人目の走者は二位まで順位を上げてくれた。
走る。
走る。
走る。
足の動きが遅く感じる。
もっと早く動け。
高く上げろ。
一歩でも前へ。
火さんが前に見えた。
結構遅い。
イケる抜かせる。
全力で、走る。
息の一つ一つが聞こえる。
熱い吐息、体も熱い。
足がきしみを上げた。
筋肉痛っ!?
負けて、
負けて、
負けて、
たまるかぁ!!!!!!!!!!!!
一歩前へ。
二歩前へ!
百歩前へ!!
火さんを、
を、
抜かし、
たぁ!!!!!!
こけた。
「え?」
ハードルの怪我だ。
今頃出た。
そんな、せっかく一位になれたのに。
勝てたのに。
ボクは、ボクは―――
「ユウちゃん!」
応援、歓声。
その中にひとつだけ、聞き覚えのある声。
ナ―――。
一歩だけ前へ。
一歩だけ。
「よくやった、後は任せろ」
桜?
え?
バトン、ない。
桜が持って走って行った。
一位で、バトンを―――
渡した。
「ダーリン、負けたわ」
「火さん?ボク、ボク…」
「勝ったのよ、ダーリン」
抱きついた。
火さんに。
「ダーリン?」
「ボク、ボクッ」
ニアは感じた。ナデシコがムッとしてる。遠くからでもわかる、すごい気配だ。
しかし優希は気付かない。
ニアは笑う。
「らしいな」
桜のことなんてどうでもよかったが、見事桜は一位でゴール。
最後は華を見せた。
点数的には優勝。
ただ、演出としてそれは閉会式まで伏せられた。
フォークダンス。
「愛ちゃん?」
「お兄様、最後かっこ好かったですわー」
「何で中等生が…」
「ムッ」
愛子となぜかフォークダンスを踊る。
今は桜と踊る次の史奈子がムッとしていた。
ナデシコにはお礼を―――
そこで優希の意識は途切れた。
疲れ、緊張、そして安堵のせいだ。
「まったく、仕方無い私が出るか」
ニア。
変身。
「あら?お兄様…ニア様?」
「ニニニニニアさんっ!」
桜がいきり立つ。
何?
とりあえず女なので女側にたった。
なぜか一人前の桜の前。
「ユウちゃ…ん?」
ナデシコは優希を探していた。
ニアの存在はおざなりになっていた。
「ニアさん、ぼぼぼぼぼく」
桜の一人称がぼくになってる。
「なんだ、桜とかいうの、見てた」
「ははははい」
なんか、ナデシコの優希に対する態度と似ているな。
従兄妹だったか?
「かっこ良かったぞ」
「ははははいーーーっ!」
桜、感無量。
「後笑えた」
「ははははははははいーーーーーーっ!!」
桜、緊張の末倒れる。
ニアと踊った後だった。
もう、手洗わねー。
のちに桜は語ったという。
そのあとも他の生徒たちが、誰あんた?という顔をしていたが、ニアは踊り続けた。
楽しかった。
そして私は決めた。
優希の望む世界を、優希に選択を任せる―――と。
