第5章 常楽くんが初めて灯りを渡した日
「未来を信じるということ」
一 小さな泣き声
美津子さんとの出来事から数日後。
常楽くんは施設の中庭で、
ひとり泣いている少年を見つけた。
まだ小学生くらいの年齢。
母親が少年と一緒に仕事で来ていたが、
また別の仕事が入り、
事務所に帰らなければならず、
少年はそのまま施設に預けられていたのだった。
少年は膝を抱え、声を殺して泣いていた。
常楽くんはそっと近づいた。
「どうしたの…」
少年は顔を上げ、
涙で濡れた目で言った。
「……お母さん、忙しくて……
僕のこと、
忘れちゃうんじゃないかって……」
その言葉は、美津子さんが抱えていた“生徒を置いていく不安”と
どこか重なっていた。
1.美津子さんの灯りが胸で揺れる
常楽くんは、
美津子さんが廊下で出口を探していた姿を思い出した。
あのとき美津子さんは、
「生徒を置き去りにしたくない」と泣いていた。
そして娘さんは言った。
「お母さんの教室は、今も続いているよ」
その言葉が、
常楽くんの胸で静かに灯り続けていた。
常楽くんは少年の隣に座り、
ゆっくりと話し始めた。
「君のお母さんは、
君のことを忘れたりしないよ」
少年は首を振った。
「でも……忙しいし……僕のこと、迷惑なんじゃ……」
常楽くんは、
美津子さんが敏子さんに言った言葉を思い出した。
「あなたの声は、とても優しい。
きっとみんなに届くわ」
その言葉の“灯り”を、
今度は自分が渡す番だと思った。
2.初めての“教育の灯り”
常楽くんは少年の肩にそっと手を置いた。
「君はね、
とても頑張ってるよ。
泣いてるのは、
お母さんが大切だからだよね」
少年は涙を拭いながら頷いた。
「うん……」
「だったら大丈夫。
大切に思ってる気持ちは、
ちゃんとお母さんに届いてるよ。
君のことを忘れるなんて、絶対にない」
少年の目が少しだけ和らいだ。
常楽くんは続けた。
「それにね……
君がこれから頑張ることは、
お母さんの力にもなるんだよ。
君の未来は、君がつくるんだ」
その言葉は、
美津子さんが黒板に書いた
「未来は自分の手でつくる」
という言葉そのものだった。
少年は小さく息を吸い、
涙を拭いた。
「……僕、頑張る。お母さんに心配かけないように」
常楽くんは微笑んだ。
「うん。
君ならできるよ」
その瞬間、
美津子さんから受け取った“教育の灯り”が、
確かに少年へと渡っていった。
3.灯りは静かに広がっていく
少年は立ち上がり、
職員さんのもとへ歩いていった。
その背中は、
さっきより少しだけ強く見えた。
常楽くんは胸に手を当てた。
「美津子さん……あなたの灯り、ちゃんと渡せました」
風がそっと吹き、
どこかで鈴の音が鳴ったような気がした。
灯りは、誰かの心から、
また誰かの心へ。
常楽くんの旅は、
まだ静かに続いていく。
