マリーナ門をくぐり、通りを一直線に歩くとフォロに到着する。
この写真は北西側から南東を撮ったもの。
ここでの写真のベストポジションは(というか、ポンペイの代表的な写真では)南側から北を撮る。
そうすると、ヴェスーヴィオ火山をバックにしたジュピター神殿が撮れるし、フォロの大きさもわかる。
何故その写真を載せないかって?
・・・ゴメン。サン個人のベストショットを撮るための撮影会場となり、背景だけの写真ってなかったの。
サンが写っている写真なら山ほどあるんだけど・・・。
女のコって、旅行の思い出を語る時、絶対自分が可愛く写っている写真を使うでしょ?
まー、サンちゃんも日本に帰った時の土産話が必要だったということで。
話は戻って、フォロがあるということは、ポンペイが古代ローマ都市であった証でもある。
有名なフォロとしては、ローマの「フォロ・ロマーノ(Foro Romano)」。
foro(フォロ)はラテン語forum(フォルム)のイタリア語読み。
言うまでもなくこのforum(フォルム)は英語では(フォーラム)となり公開討論会と言う意味で使われる。
現代に、フォーラムと言う言葉がそのまま残るほど、共和制政治を行っていた古代ローマではフォロという“政治を語る広場”が必須だったと言うわけ。
(因みに、青の洞窟に恋して7 ローマ~テヴェレ川越え 篇では、フォロ・ロマーノの近くを通りましたのでご参考まで)
この写真は、同じ位置から北側のジュピター神殿を撮影したもの。
ここにヴェスヴィーオ火山を少しでも入れていれば・・・残念!
(もチョット後ろからだと、神殿の裏に雄雄しく聳え立つヴェスヴィーオ火山が撮影できます)
そして、写真左部分にある門はこれまた凱旋門。
古代ローマの人はホントに凱旋門すきやねぇ。
(詳しくは、青の洞窟に恋して10 ローマ~祈り 篇をご参照ください)
凱旋門の裏側はこんな感じ。
暗くて見えないんだけど、両端には大きなくぼみがある。
当時はここに像がおかれていたらしい。
そして、この写真の右手には遺跡物が保管されている。
元は、市場だったのかな?
結構、衝撃的な遺跡物も無造作に置かれているため、心の準備なくみたサンは少し気分が悪くなった。
(気になる方は、「ポンペイ 遺跡物」とかで検索してね。でも、あまりお勧めしません)
そんな中で、やっぱ日本人って遺跡好きやなぁ~とホッコリしたもの。
「古代学研究所」のロゴが入ったカゴです。
なんかうれしかったよ。
それでは、また次号お会いしましょう。Ciao!
(ご注意)まったくの思い込みで書いている部分もありますので、旅行の参考になさらずに~
