昔から

嫌なことがあると

「幸せ探し」をするのが常でした



それは

小学生の頃見たアニメ

「愛少女ポリアンナ物語」の中で

ポリアンナがどんな不幸に出会っても

小さな幸せを探して明るく生きる姿が

心に残ったからだと思います


今も

辛いことがあると

「ご飯が十分食べられるのだから幸せ」

とか

「好きな洋服が買えるのだから幸せ」

とか

自分がどれだけ幸せかを

自分に言い聞かせ

幸せを確認します


だけど

私より意地悪な人や

性格の悪い人が

結婚して出産して

幸せになっているのを見ると


神様が人を幸せにする基準って

何なんだろうと思わずにはいられません


私はずっとずうっと

人の幸せが

私の幸せだと思って生きてきたのに


次はきっと私に幸せが来る

そう信じて

生きてきたのに


なぜか

私には幸せがやってこない


お姉ちゃんが突然亡くなって

お父さんが突然病気になって

姪っ子たちを面倒見ながら

私も幸せになれる

そんな未来を探してきたのに


私には

幸せになれる

可能性もないような気がしてきた


今年は初詣で

「神様に毎年一生懸命お祈りしているし

 自分でも一生懸命努力しているのに

 私を不幸にするから

 神様のことは信じません」

と宣戦布告してしまいました


幸せが誰にでも来るわけじゃないし

すばらしい人程不幸になるし

美人ほど薄命だし

世の中は

そういう風に

出来ているんだ


私は

ほどほど立派な人間だし(笑)

ほどほど美人だし(笑)

ほどほど性格も良いから(笑)


焼きもちを焼いた神様が

私を不幸にしているに違いない


これからも

今までと同じように

私にはビックリするような不幸が降りかかるだろうけど

私は

やっぱり負けずに

「幸せ探し」をしていくんだろう



心のどこかで

本当の幸せは

自分にはやってこないと

認めつつも・・・



ごめんなさい

リフレッシュしても

私はまだダークなままです・・・しょんぼり