野口が一生懸命我々の売込みをしてくれているようだが、まだ昇格までいっていないので軌道に乗るのはあと一息というところだ。

やる気が出てきている事は確かなので、あとは行動とそれに伴う結果だ。

毎月4回の自主会場の許可がおりたのでそれを充実させていく。

中込Bが加藤社長を社長に合わせようとしたり、野口が言っている事はホント?と細井さんが言われたり。

宇佐美に電話

ご主人が1月末に亡くなる。

小室が葬儀に参加して知っているのに私をはじめ誰にも報告していない事にがっかりしていた。それに佐藤とともに借金をロイヤル関係者にしている。

小室がオカシイ?!

沼能にも報告 今後この処理をどうするか?

アンナ斉藤と今後の入間の活動についての私のアドバイスを話す。

喜んでくれて12日のオリンピック自主会場に主要メンバーが来ることになる。

高野から自主会場の要請があると野口

加藤から平田グループがAと完全に手を切ったので今後よろしく!と連絡があったことを伝えてくれる。Aの返答は‘エリートコースから外れるんだね?といったという。

本来なら‘元気に頑張れ、困った事があればいつでも力になるよ‘というべきだ。

教養と人格が欠如している。

ATOは同じ穴のムジナだ。

昨日8日 沼津こだま荘30人(石川グループ)自主会場

新規10人 

終了後中島宅訪問、打ち合わせ、今後の展開 など

今朝 石川から御礼の電話と今日からの活動の報告を受ける。

今朝 昨日の事と大城の件を野口に報告

大城から連絡報告、

青井も3000円の件で田村からとやかくいわれて封切がついた感じ

大城も完全に手を引くといっていた。そてと仲間に入れてくれ!

田村、大熊らは青木Bと自分達のやりたいようにやりたいのだから、我々は完全に手を引いて、彼らに譲る決意。青木Bも私と加藤がいれば活用もされずやりにくいのだから手をひくべきだ。

青木、加藤、大城、青井は出て行け!ということなのだ。

必要とされていないとことに留まる必要は無い。

今後は一切東京会場には参加しない。

自主会場のみを徹底していく。

3月

東京会場には一度も参加せず

ASK代理店会の口座開設

2月

2日に社長の第1回面会(ハイヤット)

9日第2回面会(静岡)

11日第3回面会(ヒルトン)



2010/1月

コミュニティー7回



2009/12月

野口を通じて東京代理店会代表を降りることを社長に伝える。





2009/11/

「田村の発言」

*気持ち悪い

*吐き気がする

*出て行け

ブツブツいうのは腐ったミカンと一緒

2,3回怒鳴り声で繰り返す。

(ハイヤットの係りが余りに声を荒げているのを見かねて注意をしにくる始末)

サンマリンが反論

*なんでそんな感情的になるのか!

*上からものを言う言い方はやめろ!

(反論されてくやしいのか、田村の目に涙)

東京代理店会議が始まる前にみんなが会場費について云々いっていたことが田村の感に触った。泉原が「どうせ会議は金のことだから自分は行かない」といっている人がいると発言。それに対して「それは誰が言ったのか!名前をいえ!と糾弾」する。

自分の上位だ」と泉原

要するにハイヤットを決めるのに誰にも相談せず、(大熊?)決めたため、そのことについての批判をされたと思ったのだろう。感情が爆発。

みんなの意見を聞かず独断で進めた事のつけが回ってきたのだ。

大熊は正確な会計報告をしない。それを田村がかばっている。

そのことについて不満を持つ社長は多い

サンマリンは今月から会場費を払わない、参加しないと決める。



2009.9/

青井CR

猫が死ぬ(先生が15階段から落ちて頭に大怪我猫が身代わり)



2009.8/28

「第1回青井コミュニチー開催」

青井夫妻 加藤 山中 川村 村上 青木夫妻

動機は山中君の実績を出す為に加藤社長に依頼、上位の青井も協力

会社の方針に従って青井が早速 看板を作成したことがきっかけとなる。