きのぴー先生の個別相談終盤に
自分の思考として
自分のどんな感情も大事にする
を、やってみてください
って言葉をもらった。
私はそれで
希死念慮を払拭出来ないことも
パニック発作を起こしてしまうことも
だから私はダメなんだ
ではなく
それだけしんどいことがあったんだから
仕方ない
そんな自分も受け入れる
と、相談後から意識していて。
もう一つ、先生からのアドバイス
卑屈で終わらせない
卑屈になることは仕方がない
でもそこのフェーズが済んだときにどうするか
それを意識するようにしてきた。
そしてそれはとても意味があったと思う。
正直、最近私が書いているものは
あくまで自分のためのキロクで。
誰かに届く、といったものではなかったと思う。
でも、やっぱり自分の気持ちを
良くも悪くもアウトプットすることは
意味があるのだな、と。
やっと、
やっと、
わかったかも。
本当の根っこ。
昨日の投稿、
ぐちゃぐちゃドロドロしてたけど
ちゃんと意味があった。
親に言ってもらえなかったことを
他の親御さんに言ってもらって書き替えたい
これが
私の本心。
最近の学びで
親としての“あり方”“意識”は
明らか変わってきた。
正解探しじゃなくて
子供達そのものを見る
まだまだ技術は足りないけど
わかって、実践するところまではきてる。
ただ
私自身のことは
正解探ししかしてなかったんだな。
親から受けた正論に
ひたすら近付けようと今もしていて
そこが完全に呪われていて。
希死念慮があること
自分の存在価値がわからないこと
じゃない。
その更に根っこには
こうしたい、こうしてほしい
が、あるんだ。
そこをずっと押し殺してるから
苦しかったんだ。
こんなこと
いい年のおばさんが
って思うけど
なんかスッキリ出来た。
言語化がまだ難しいから
しばらくはノートに
言葉になりきらないものたちを
書いていこうと思う。
いつか
ちゃんと言語化出来るようになって
自分の子供達にも活かしていけるといいな。