東日本大震災から5年がたった今日

自分はいったい何ができてたんだろうか?

これからは、何をしていかなくてはいけないのか?

昨年6月に行いました サニーサイドゴスペルクラブ船橋 5周年コンサート

に出演してくれた、大槌町出身のトランペット奏者 臺 隆裕君の記事が掲載されました。

ぜひ、多くの方に読んでいただきたいので、

こちらに載せさせていただきます。
 

 

==============================================================

 

 

やっとここまでこれました。
被災して高校の制服と空っぽのバッグとスニーカーしか持っていなかった僕が
最高の財産である人との繋がりと自分なりの哲学を持って
どうにか生きてこれました。

あと数日で震災から5年。
最近よく夢をみます。
1番辛い夢は
5年前の3月10日に戻る夢です。
僕だけ震災の事を知っていてみんなに警告して、それでも結果何も変えることができない夢をみます。

他にも
単純にあの日のプレイバックの夢。もう2度と聞きたくない何百という建て物が津波で破壊される音。悲鳴。生臭いにおい。プロパンガスの爆発。火事で夜も明るかった空。

そんな夢をみます。

流された家に帰る夢もみます。
記憶の彼方にある家の見取り図を夢が再構築してくれて、家の中を歩いては
あ、ここにこんなもの置いてたな と思い出すのです。

正直辛い夢ばかりです。
去年までこの夢たちはそんなに見ることはありませんでした。
なぜ、毎日のように夢を見るようになったのか。
きっと僕の中で震災と戦える条件が揃ったからだと思います。
今までのチャリティー活動は

感謝や祈りを1番に伝えてきました。絶望や死は避けてきました。怖くて逃げてました。
でもやっと
自分の考え方、仲間、環境、が揃って震災のポジティブさもネガティヴさも伝える心構えができました。

だからこそ震災の曲を3曲書けたんだと思います。

これからは戦えます。
大人たちと一緒に戦えそうです。
僕は直接 町の復興に関われるほどの学や才能はありませんが

新聞にも書いて頂いた通り
僕は僕なりの方法で被災地のそばに居続けます。

明日の夜行バスで大槌に向かいます。今年も1番辛い日がやってきます。

1番怖い日です。いつもこの日はトランペットを握っても手が震えます。

でも5年間で関われた沢山の方々に背中を押してもらえて3.11は音を出します。
感謝と祈り

そして絶望と死
すべてを込めて音楽します。

 

==============================================================


 

今の私には・・・


3月11日を決して忘れないこと。
そして、赴くこと。

できることをすること。

そして、また臺君と一緒に音楽ができる日を楽しみに頑張ること。