「この漢字間違ってるよ!」

先日の講演会で、心理臨床家の高垣忠一郎先生が私のノートを指差してこうおっしゃいました

そして続けて

「こう言われたら、どう感じますか?」

例えばということで、質問されたのに、


私は、ドキッとして


「丸ごと自分を否定された様に感じました」


と、その時感じたままを伝えました

なぜだか、そう感じたんです


続けて、先生は、こうおっしゃいました

「私は、この漢字が間違ってるよ と言っただけですよね

なのに、それに続いて

こんなことも出来ないのか!

ダメなヤツだなあ!

今の子どもたちは、こんな風に、一部を指摘して、全体を否定する風に育てられているんです

だから、傷つきやすいんです」

そう先生はおっしゃいました

今は、その風潮がもっとひどくなっているということでした


そういえば職場でも 似たような声を聞いたことがありました


「こんなこともわからないのか!

お前はバカじゃないか!」


「なんでこれが出来ないんだ、


本当に能無しだな!」


出来ない特定の「部分」を取り出して


「全体」を否定するような発言です


ある特定の「部分」を取り出して見るようになると


「丸ごと」が見えなくなるそうです


そして、ある特定の性能にばかり気を取られるようになると先生はおっしゃいます


本当にそうだと感じました


「部分的な特徴」でもって、


「丸ごとダメ❗️」と


シャワーの様に浴びて育ってきているというのです


こどもたちの「部分的な特徴」というと


「勉強の成績」が浮かびます


「算数が出来ないから、ダメな子❗️」


「国語が出来ないから、ダメな子❗️」


また 普段の生活でも


「さっさとしないからダメな子❗️」

果ては、

「お母さんの言う通りにしないからダメな子❗️」


「部分」でもって「丸ごと」を否定される


その例が、さっきの私への質問でした



翻って、今

このシャワーを子どもたちは


家でも


学校でも


スポーツでも


至る所で浴びせさせられていないでしょうか?




先生は、男性を三人前に並べて


聞きました


この三人の丸ごとの値打ちを比べることはできますか?


体重や身長などは比べることはできても


丸ごとの値打ちを比べることなか出来ないのはわかりますね


会場中が、一瞬シーンとなったように感じました


今の子どもたちはそんな状態です


我が子を「比べてしまう」親に育てられて


人から認められる自分にならないといけないと


幼い時から思い込まされています


疲れるはずです


傷つきやすいはずですね


こどもたちは、どんな言葉のシャワーをかけてもらいたいでしょう


優しい言葉は、子どもをダメにしますか?


厳しい言葉じゃないと伝わりませんか?


こんなに毎日、丸ごと否定されているんです


あなたを頼ってる かけがえのない我が子の思いをどうぞ汲んであげてください♡


今日の安芸の空は曇りです


曇り空の下


朝散歩をしていたら、びっくりしました!


トナカイバージョンのミニブタちゃんに遭遇しました(笑)


やべってボンバー♡

ミニブタ