BLです

ご注意ください








もうすぐ閉店時間。

本日もかなりの忙しさで
気持ちのいい疲労を感じつつ
閉店作業に取りかかっていた。


あー…腰いて……


持病の腰痛まで少し出てしまっている。

帰ったらあいつに少し頼もうかなぁ
昨夜のお詫びでもしろとか言って…

そんな事言わなくても頼んだら快く引き受けてくれるのは知ってたけど、そこは素直になれない厄介な自分の性格だった。



「あ、ヤバイ…」

「どうしました?」

「…ぃや、明日の分のパン足りないかも」

「あー、今日凄い出ましたもんねぇ」


昼のピークが過去最高の売上を
たたき出していただけある。


キッチンカーの保管庫だけじゃあ
そんなに在庫持てないもんなぁ…

仕入れを見直さないといけないけど
とりあえず…明日の分か……


「今から追加平気かなぁ…」

「俺、今からムラカミ走ってきますよ」


「んー、大丈夫…もうそろそろ…ね
  あ、来た来た…村上ーー!」


遠目からでも分かる
商人の匂いをプンプンさせて
のんびりと歩いて来る男に手を振った。

いつも休憩とは名ばかりに閉店前にやって来ては色んな話を落としてくれる男の店には、いつも世話になっていた。


「おぉ、ご苦労さん。待っとった?」

「待ってた待ってた。丁度良かった
  明日のパンの発注50増やしていい?」

「おおきにー、大丈夫やで
  なんや、最近儲かってはるなぁ」

「お陰様で、色男が居るからね」

「ほんま、めちゃ色男やんな!
  お陰さんでウチの注文も増えるしのぉ」

「あ、どうも…」


上機嫌な村上の勢いに大きな身体を縮めて恐縮してる涼真に笑っていると、ギロっとした目が楽しそうに弧を描いてこっちを向いた。

その時点でイヤな予感しかしない。


「そういやぁ、噂になっとんで?」

「うわさ?」

「この色男さんとあのクリーニング屋の色男
  どっちがニノちゃんの彼氏なん?」


いきなり放たれた下世話な話題…
しかも内容がシャレにならないもので
思わず顔に出るくらいゲンナリした。


「はぁ?…なんだよその噂
  誰から聞いたの?勘弁してよ…」

「俺はぁ…確かオカンからや」

「さいっあく……
 おまえの母ちゃん、超噂好きじゃん」

「おぅ、歩くスピーカーやで」

「はぁ……じゃあおまえから言っといてよ
どっちも彼氏じゃねぇって……そもそも何で俺の相手が男って決めつけてんの?」

「みんなニノちゃんが可愛いらしぃ思とるからやない?」


なにそれ?って思うけど
実際に店をやってて声を掛けられるのは
女の人よりも男が多いのが事実で…
正直、聞き飽きている内容だった。


「ったく…まぁいいよ。そろそろココから離れるつもりだし、人の噂も七十五日とか言うし」

「は?おまえ!ココ閉めんの?!」

「うん、そろそろ店出すの考えてる」

「まーぢーかー!
  ならココで出しゃええやん」


丁度空きテナントが出てるのは知っていた。
多分村上もそこに出せと言ってるんだろう。
でも、もし店を出すなら…あいつの傍でってずっと前から決めていたから


「いや、場所はもう決まってて…」

「なんやぁ!水臭いのぉー
じゃあ、うちのパン屋との契約は?!」

「それも相談しようと思ってたんだよね…
そっちが配送とかやってんなら引き続きお願いしたいんだけど…無理そうなら他を探すしか…」


ちょっと試すように目配せすると
噛み付いてくるんじゃないか?な勢いで
手を取られ、握手されながら


「あほぅ!配送くらいするわ!
売上げ落としたらオカンにどやされる!」

「あ、ほんとぉ?じゃあよろしくねー」

「おまぇ…そんな大事な話サラリとすな!」


一気にぐったりしてる村上を見て
少しはやり返せたなとほくそ笑んだ。


「でもまだ少し先の話だよ」

「ったく!焦ったわぁー」


「ンフフフフ…で、コーヒーでいいの?」

「あぁ、いつもの…」


確かに、ここに来て3年目くらいか…
色んな人に出会ってみんな良い人達だった。

お世話になったこの場所から離れるのは
一生の別れではなくとも、少し…寂しい。







「ニノさん…さっきの話、本当ですか?」


「んー?」


閉店後、キッチンカーの片付けをして今日はおしまい…そんな時に涼真が真剣な顔で話し掛けてきた。


「店出す為にココから離れるって…」


「あ、うん……まだ先の話だけど
 そうだね、おまえにもちゃんと話さなきゃ」


ちゃんと決まってから話すつもりでいたけど
つい、今日の出来事のせいで話してしまった。


「……俺、雇ってもらえるのはそれまでなんですか?」


「ん?……ぃや、違うよ?おまえがもし良ければ…ちょっと遠くなるけど、働いてくれたらなって思ってた。でも難しいならしょうがないのかなぁって……どうした?」


横に居たはずの涼真が視界から消えていた。
あれ?と視線を落とすと、蹲って頭を抱えてる涼真が居て


「え?……なに、どした?」


「はあぁぁぁぁっ……良かった!!」


目線を合わせる為、同じようにしゃがんで覗き込むと、瞳には涙を浮かべ、今にも泣き出してしまいそうに歪んだ顔をしていて……

どうにかしなきゃと手を伸ばし頭を撫でた。
こんな事でどうにかなるとも思わないけど勝手に手は動いていた。


「りょう…」声をかけようとすると
食い気味に口を開いた涼真の
その後の勢いは止まらなかった。


「え?じゃないですよっ もぅ!!ちょー焦ったし!いきなり店閉めるとか言うからっ……俺っ、この店で働けたのすげぇ嬉しくて…ずっとバイト募集しないのかな?っていつも見ててっ……張り紙見つけた時は嬉しくて勢い任せで雇って下さいって来ちゃいましたけど、その後ニノさんのビックリした顔見て、うわぁーマズった!とか思ったりして……でもニノさん、笑って雇ってくれて…だから……その……俺っ…この店、辞めたくないんです……」


勢い良く出てくる涼真らしい真っ直ぐな言葉……思わず、グッときてしまった。

そんな風に思ってくれてたんだと
この店をここまで想ってくれてたんだと
胸が熱くなってくる。

だから……


「涼真が良ければ、新しい店でも働いてよ」


一生懸命働いてくれる奴を手放したいなんて
思うわけがないのに…
ちゃんと説明してないのも悪かったけどさ…


「……ほんとですか?」


「そんなに好きなの?この店」


照れ隠しに意地が悪い聞き方になってしまった。
それなのに安心したように笑う涼真は凄く嬉しそうな顔で、俺の手を取った。


「……はい、でも俺……1番は……」


「うん?……りょー…ま?」


あれ…なんか、距離が…近い?かも……


しゃがんでも体格差があり過ぎて 
見上げてた俺に、見下ろしてる顔が
どんどん近付いてる気がした。

その顔は さっきの顔面蒼白な顔から一転
紅潮した顔で…瞳は熱く、真っ直ぐに俺を見据えている。


そこでやっと、危険信号を感じた。

でも…
気がついた時にはもう遅過ぎた。



「俺が1番好きなのは、ニノさんです…」



可愛い弟だと思ってた男から出た想いと
勢いのある行動に、身体が逃げるよりも先に
唇は塞がれ…

宙に舞った意識は
訳が分からないまま

大きな身体の下敷きになるように
押し倒されていた。








つづく