「誘惑」① 櫻井side
その知らせは、有りがたくもあったが、
俺にとっては悩みの種ともなった。
正直な気持ちを言えば、
ずっとココにいるよりもそれなりの家庭の里子に出てもっと勉強して視野を広げたい。
そんな思いを前から持っていた。
自分の中で燻る野心が、こんな所ではこの先大した人生も歩めずにそこそこの進学、そこそこの就職、そこそこの未来しかないと否定していた。
里子の家はそこそこドコロではない
所謂勝ち組。金持ちだった。
そこに行けばもっと勉強も出来る。
将来への可能性も広がる。
しかも、自分の年齢を考えればもうこのチャンスは2度と巡ってくる事はないだろう…。
でも……
雅紀とカズを置いてはいけない。
心が揺れた。
きっと、あいつらに言えば喜んで送り出してくれるのもわかってるんだ……
「あぁーーーーーっっ!!!
も〝ぉーーーーー!!!!」
頭を掻きむしり思わず叫んでみても何も
変わらないのはわかっている。
驚いたカラスがアーアーと鳴きながら飛んで行くのをぼんやりと見ていても…
自分の気持ちはやはり一つだった。
俺がココに来た理由は単純だ。
事故で両親を亡くして、
身寄りが無かったからだった。
もう幼い頃の記憶だから、正直実の両親の顔だってぼんやりな所がある位なんだけど…
俺が来た時には既に雅紀はココに居た。
少し経ってから智君もやって来た。
智君はいわゆるネグレクトにあっていて、
その頃からあまり喋らない子供だった。
でも彼の柔らかい雰囲気が好きだったから
たまにのんびりと喋る関係ではあった。
そして暫くして、カズが来た。
両親を火事で亡くしたと聞いた。
何かしらの事情で1人になった子供はココには沢山居たし、自分もそうだったから始めは特に気にして居なかった。
だけど、カズだけは違う…と言うのが徐々に周囲を知らしめたのは、真彦の態度からだった。
あからさまな特別扱い。
それがカズを孤立させるのには時間がかからなかった。
見えない所でイジメられていたのも知っている。
俺は傍観者だったと思う。
1番仲の良かった雅紀に対する真彦の態度はいつも気に入らなかったし、その真彦が溺愛するカズを必然的に遠巻きに見てしまうのはしょうがないと思っていた。
話さないわけではないけど、なるべく関わらないようにしていた。
でも、ある日…知ってしまったんだ。
カズの優しさを…
雅紀に、いや、他の皆にも被害がいかないように 真彦の関心を自分だけに向けて 小さな体に全てを背負っているカズ…
そんな事を知ると、自分は何て ちっぽけな奴なんだと自己嫌悪にすら陥った。
だから雅紀がカズを助けてあげたいと言った時はすぐに賛成した。
今、こうして真彦の目が届かない所で絆を深めて行けば行く程、カズの頭の回転の早さや言動、そしてさりげない気遣いに感嘆する事が多かった。
まだそんなに仲良くなって時間も経ってないのに、昔から友達だったような関係になれた。
その分せっかく今まで同じ所に住んでいたのになんで早く話さなかったんだろうとも思ってしまったんだけど…
雅紀もカズも、この2人は他人の痛みを自分の事のように感じているんじゃないかと思う程優しかった。
見ていると誰かが傷つく位なら自分が傷つけばいいんだと思ってる節がある。
だからお互い今まで距離を置いていたんだろう。
第三者から見たら、
あいつら仲悪いなで終わると思う。
でもそんな単純な関係ではなかった。
暗黙のうちに見えない絆は出来ていたんだ。
お互いが奇妙な関係のせいで今まで近寄らなかった分を取り戻しているかのように絆を深めていってるように見えた。
きっと、2人が一緒に居れば大丈夫…
なんの根拠もないのにそう言い聞かせて
結論を出した。