「遭遇」① 松本side
頭の中の整理がつかない。
今の俺はまさにその状態だ…
目が覚めたら病院のベッドの上で
過労だと言う診断だった。
まさか仕事中に倒れるなんて…
大失態だ。
久々の現場の仕事だったのに…
「大野さんっすみません!」
「いや、大丈夫だから少し休め」
「いえっすぐ戻ります!」
「あ、それなんだけど松本さ、
有給溜まり過ぎてるよな?
いい機会だから2日休んで疲れ取れよ」
「え?それは…どーゆう…」
「俺、これからちょっと行かないといけない
所があるんだ。2.3日かかると思うから、
その間休んでな」
「俺も行きますよ!」
「いや、プライベートも含んでるから…さ」
大野主任のその言葉が素直に受け入れられず
再度、共に行く事を頼んでみたがやんわりと断られた。
話したい事が他にもあった。
今日の事も。
でも、もう出ないといけないと途中で
電話を切られてしまった。
いきなりの休みに何をしていいのか分からず…
いや、やる事は溜まりに溜まってはいるんだけれども…
2度とこんな失態を繰り返さないように
身体も休めないといけない、けど…
今回の事が結構ショックだった為か
眠る事も出来ずに気持ちを持て余していた。
それに…
あの場所で見た壁一面を使って書かれていた
赤い文字を思い出すとゾッとする。
なんなんだ?あの異様で、気持ち悪い…
あれは…
誰かに宛てた手紙のような言葉だった…
『K もうすぐだよ』
それがずっと……頭から離れない…
明らかにあの現場を作り出した犯人からの
メッセージなんだろう…
他人事に思えないのは何故か?
考えると酷い頭痛が襲ってくる。
一体、自分の知らない所で何が
起こっているのかと不安にも襲われた。
もしかしたら…
あの、15年前の事が関係しているのか?
俺の記憶から抜け落ちている時の事と、
何か関係があるのではないか?
漠然と、確信にも似たような思いが
頭の中を支配する…
家で一人でいると余計な事ばかり考えて
気が滅入るだけだろうと思い、
気晴らしに馴染みのBARに出掛けてみた。
久々に酒でも飲んでこの気持ちを
落ち着かせたい。
飲んだら眠くなるだろうと
何時もより早いペースで酒が進んでいた。
「松本様…松本様…」
どれ位飲んでいたのか分からないが、
どうやら眠ってしまっていたようで
店員に揺り起こされた。
もう閉店だと言うので店を出ると
冷たい空気が肌を突き刺す。
酔いも冷める寒さだ。
このまま歩いて帰ろうかと歩み始めると、
通り過ぎた路地から大きな物音がした。
気になり戻って様子を伺ってみる。
すると、何か揉めているようだった。
職業柄、見過ごすわけにはいかない。
奥に進んで歩くと足元に鞄が落ちていて
中身が散乱していた。
暗闇の中、男の怒鳴り声がする。
何を言ってるのかは良く聞き取れなかったが
1人だけが怒鳴ってるようだ。
影が二つ見えるから現場にいるのは
2人なんだろう。
さらに近づくと若い男に中年の男が
のし掛かっていた。
若い男の衣服はビリビリに破かれており明らかに中年の男が暴行に及んでいるように見えた。
「おい!!何やってるんだ!?」
自分の声に2人はびっくりして振り向いた。
のし掛かっていて暴行に及んでいる男は慌てて掴んでいた胸ぐらの手を離すと、急に態度を変えてきた。
こちらに向かってニタニタ笑う男を
さらに睨みつける。
「な、なんだよ?お前も混ざりたいのか?」
「いや?話は署でゆっくり聞かせて貰うよ。」
警察手帳を見せると、ギョッとした顔をした
男は、慌ててその場から走り逃げていく。
追いかけようと走り出すと、倒れていた少年の方が動こうとするから慌てて止める。
「動くな!今救急に電話するから!」
「呼ばなくて…いいから。」
「なに言ってるんだ⁈どこか折れてる
かもしれないだろ?」
「それより、追いかけないのかよ…」
「大丈夫。後でちゃんと捕まえるから」
先ほど撮った男の写真を見せる。
「いつ、撮ったの?」
少し驚いた表情を見せた少年に自分の上着をかけながら「企業秘密」と言うと気分をそこねたような表情をした。
すると少年は驚く言葉を吐き出した。
「ねぇ…その男捕まえなくて良いし、
もうほっといてくれない?」
「え?なんで?!」
「あんたには関係ないだろ?」
「関係ない訳ないだろ?そもそも未成年が
こんな遅い時間にこんな場所で
何やってたんだ?」
職務質問を始めようとすると更に不機嫌な顔が増した顔をする少年は支えていた自分の手を振り払った。
「俺…今年30になるんだけど?」
まさかの言葉に固まる。
30歳?同い年じゃないか…
明らかに年齢と合わない容姿を凝視していると少年…いや、青年は立ち上がろうとするので止めようとしたがまた睨みつけられる。
「だから、被害届とか出さないし…
もう、良いからほっといてよ…」
「いや、悪かったよ。でも身分証だけは
見せてくれ。あと病院に連れて行くから」
「余計なお世話だから…」
ピシャリとシャットアウトされてしまい
取りつく島も無い。
苦しそうな顔で立ち上がり歩き出す青年に更に声をかけようとした瞬間、青年は崩れるように倒れてしまった。
「おい!?大丈夫か?!」
まだ、少し意識はあるようだ。
慌てて救急に連絡しようと電話を手に取ると
その手を殆ど意識の無い状態なのに強く掴まれる。
「お願いっ…呼ばないでっ」
さっきまでの強気な態度から変わり弱々しい
表情で「お願いだか…ら…」と意識を
手放す直前までずっと懇願されてしまった。
何か訳ありだと言う事は良く分かったが、この状態の人間をほっといて置く訳にはいかない。
取り敢えず何か身元を分かるものをと散乱していた荷物から財布を拾い上げ中を確認すると、数十万はあるお金とカードが数枚入っていた。
カードの中に免許証を見つける。
それを取り出し見た瞬間、ドクンっと
身体中の血液が波立つような気がした。
二宮和也
それは、大野主任のパソコンで見た学生証と
同じ名前、同じ顔だった…。