私の専門科は麻酔科ということになるが、麻酔科というと主に、手術中に麻酔を施す人と思われるかもしれない。ただ、眠らせるだけと思ってる人は多いかもしれない。実際、妻の父に初めて会ったとき、麻酔科をやっていると話したとき、医者でなく何かの技師かなにかと思われたことがあった。

麻酔には、歯の治療などで行われる局所麻酔と、完全に意識がなくなってしまう全身麻酔と大きく二つに分かれる。

多くの麻酔科医は、手術室で勤務しており、この全身麻酔の仕事を主に担当している。

全身麻酔は、脳の神経を麻酔薬で一時的にマヒさせることで、意識をなくすことができる。

ただ意識がなくなるだけでは、手術はまだできない。意識がなくなっても、痛みがあれば反射的に手足や体が動いたりするし、血圧や心拍数も変化する。

手術は治療ではあるが、切り刻まれる体にとっては危機的状況と判断し、さまざまな生体反応が生じるのだ。もしこれらを放置したままであると、この生体反応自体が体にとって過剰となり、非常に危機的状況に陥るのだ。

これらを麻酔薬などを用い防御するのも麻酔科医の仕事である。

意識がなくても、痛み刺激を感じれば、無意識に体が動いてしまうため、麻薬などを用い鎮痛を図りつつ、体動が激しいと手術ができないため、筋肉が動かないようにする筋弛緩薬を用いることも同時に行うことが多い。

この麻薬や筋弛緩薬を用いると、痛みは取れ、体も動かなくなるが、呼吸を動かす力や神経もマヒさせることになるため、人工呼吸器につなぐ必要がある。麻酔科医は、麻酔器という常に機械を操りながら全身麻酔を提供している。機械の操作は、麻酔科医になりたての時は、あまりにも複雑で面食らっていたが、数か月続けていると、半分寝てても使えるほどに、無意識に使えるようになる。

全身麻酔を施している場合、常に麻酔科医は寝ている患者のそばにいて、安全に手術が施行され、全身麻酔が問題なく投与されているのか常にチェックしているのだ。

最近はAIなどの技術の進歩がみられているが、命と直結するこの全身麻酔の管理もAIがいつの日か席巻することにはなるだろうが、当分は手術患者一人につき一人の麻酔科医がそばについて行う、アナログの世界がもうしばらく続くのだろう。