ネフローゼのステロイドパルス治療入院から10年後、私は同じ病院病棟に入院となった。1年前から体の浮腫みが尋常ではなくなり、少し体を動かすだけでもはぁはぁと息切れはするし、日常生活にも大きな影響が出るところまできてしまった。CTでは胸水腹水もみられ、検査値でもクレアチニンも6mg/dlにもなり、再診の際、とうとう、主治医からは「入院しましょう」と言われた。この入院は、シャントを作る目的もあった。シャントとは、透析をするため週に何度も穿刺するために作為する血管のことで、局所麻酔で動脈と静脈を吻合術をすると吻合下行側の静脈が太くなり、透析時に穿刺しやすくするものである。透析には太い針を繰り返し刺す必要があるので、それなりの血管を細工する必要があるのだ。シャント部は透析患者にとっては大事な体の一部となる。

そのシャント手術を入院し1週間後に行ったのだが、通常は2,3時間のところ、なんと4時間もかかってしまた。利尿剤を多量に投与されていたため、膀胱が破裂するのをとても我慢した。当初、吻合に取りかかった静脈が血栓で詰まっていたため、別の場所に作り直したからだった。

それでもなんとか無事に手術は終了し、これでいつでも透析を受けられる準備が整ったわけだが、入院治療で投与された利尿剤がよく効いたため、すぐの透析とはならず退院となった。退院時の体重は、入院前と比べ12kgも減った。おかげでとても楽になり、浮腫んで履けなくなったズボンや靴下がまた履けるようになった。顔もかなり浮腫みが取れたため、多くの人が私の顔を見て、びっくりしていた。ある日、子どものラグビー部の集まりに参加したところ、初め誰だか認識されず、皆さんびっくりされていた。10kg以上も背負って生活していたとは、振り返って自分は辛かったんだなと実感した。これ以上体重は増やせないと思って、食事量も意図的に減らしていたため、水分だけでなく骨量や筋肉量も減ってしまったようだった。

2週間で退院となったのだが、体的には今回の入院の方が辛いはずなのだが、精神的には10年前の入院の方がずっと辛かった。10年前は、まだ40になったばかりで、結婚もしておらず、仕事もこれからという時に、これからの病気の進行を深刻に考えてしまい、不眠症にも悩まされた。今回は、すでに透析になることに観念したところもあり、そこの葛藤はすでになかった。またこの10年、いろいろなことがありすぎた。50にもなれば、自分の可能性や能力というものに、否が応でも残念ながら受け入れなければならない。別な言い方をすれば自分自身に対して、ここ数年失望している自分がいる。大げさに言えば、もうここで人生を終わりにしたところで、悔いがないだろうとおもってしまうのだ。といって、明日に死ねるわけでもなし、死んだら自分の家族はそれなりに困ることもあるだろう。生きててもしょうがないと思いつつ、それでも生きなければならないと思った瞬間、もうそこには他人と比べてどうとか、他人にどう思われようとか、あんまり関係がなくなり、自分の心の中が無風状態となり、呼吸も楽になる。

体はネフローゼが進行し、どんどんしんどくなっていったが、精神的には図太くなったというか、感覚が鈍磨になったというか、無理がきかなくなったというか、少し違う人間になったんだと思う。